V(姫君の玉の輿)

 宛がわれた一室に賑やかな雰囲気が広がる。だが、芳しくないオーラがぽつり。

「お父様、嘘でしょう? まさかそんな」
「いや、本当だ。正式な取り決めは明日になるが」

 有り得ない。断じて有り得ない。家族と会えた喜びも束の間、城に到着するまでカインと密談していたと言う彼女の父――シェスター家当主は、優雅に紅茶を飲みながらあっけらかんとして告げた。

「とっても素敵な話ですわね貴方」
「お母様まで!」

 ショックを受けているのはエリゼただ一人だった。彼女の弟のセルまでもが、「良い事じゃないか」と諸手を上げて言うのだ。
 逃げ道がないのが辛い。自分のいない間にあらぬ方向へ行ってしまった己の運命に、エリゼは呆然と立ち尽くした。本人の意思を丸々すっ飛ばすだなんて余りだ。もう一度言おう、有り得ない。

「だが、殿下から是非にと頼まれたのだぞ。無下に断れば我がシェスター家の名が泣くばかりか、殿下のお顔立てが出来ぬ」
「それはそうでしょうけど!」

 嗚呼、これは丸め込まれるかも知れない。確かに今回の出来事で彼には恩がある。だが、だからと言ってまさか向こうからそんな話が出るなど。
 彼女が厳しい顔付きで唸り出したと同時、扉を小突く軽快音がする。エリゼは嫌な予感がし、背を向けてベランダへと遠ざかった。

「家族団欒の邪魔をしてすみませんご当主」
「いえいえ殿下、どうぞこちらに」

 カインが腰を落ち着けると当主と母親、それにセルが彼を取り囲む。それぞれがカインに「エリゼを宜しく」と頼む様は、彼女にとって見たくはない光景だった。溜め息を吐いたとて、気分が更に下降するのみ。この城に行く宛はないが、あの寝室にでも逃げ込もう。そう決心して、エリゼは和やかに弾む空気を素通りしていく。あんなに盛り上がる暇があるなら、犯人を捕まえるのが先だろうに。

「そうよ! あの男を捜し出さなきゃ」
「はい待った」

 勇み足で飛び出そうとする前、苦笑い気味に手が伸ばされる。

「何時の間に!」
「すぐ後ろにいたよ? 全く、ちょっと目を離すと猛進するね」

 呆れたいのはこちらなのに、逆に呆れられるとは。むっとして睨み返すもいなされ、尚の事機嫌は悪くなる。

「犯人なら今騎士隊長が追ってるよ。安心して」
「……もうそこまで?」
「僕が何の為に君の父上と話していたと思ってるんだい、エリゼ……」

 ――だって、ならばどうして帰るなりお父様はあんな事を。そう言いかかって、出て来たのは微かな吐息。形にする気にはならなかった。

「それより殿下」
「よそよそしいのは止めて。呼び捨てで良い」
「はぁ……でも」

 ため口を聞く事には然程抵抗はないが、名を呼び捨てるのは流石に無理がある。

「お父様が言っていた事は本当? 貴方がどうしてもと頼んだそうだけど」
「さりげなく躱したね今。まぁ良いけど。……本当だよ。こんな事に嘘をついてどうするんだい」

 やはり、どうしても逃げ道はないのか。

「そ、そう……それならそれで、構わないけれど」
「――へぇ……良いんだ?」

 意味深な笑みを逸らして考える。
 自分が王子にそう思われているのが、いまいち信じられない。思いを疑うと言うより、その境遇にこの身が置かれているという自覚が沸かない。

「まぁ信じ難いのは仕方ないか。直接君に言ってないからね」

 いや、言われたとしても同じだろう。何せ現実味がないのだ。久々に家族に会えた事は、確かに嬉しく思えるが。

「そうそう、寝室は昨日と同じ所だから」
「あれは貴方の寝室じゃ」
「気にしない気にしない。さ、行くよ」
「あ、ちょ……っ」

 ふと手元を見ればカインの左手が絡んでおり、問答無用でエリゼはついていかざるを得なかった。

*************

 夕食を済ませて行く部屋と言えば、結局はこの寝室のみ。家族と同じ机で楽しめた有難い時間はあっという間。彼等に付いていけば良いのに、不思議と足が向くのはあの寝室。一種の呪いか、などと小綺麗な椅子に座りながら冗談半分に考える。

「はぁ……」

 問題が解決したと思ったら新たな悩みが生まれ、ぐるぐる心を巡る。

「夜景を見て溜め息なんて優雅だね」
「誰の所為だと思ってるの」
「え、僕?」

 年下だからと言う訳ではないだろうが、可愛らしげにわざと首を傾げる動作は止めて貰いたい。そんな小芝居をされてどう反応しろと。

「明日が楽しみだね」

 まさに縁は異なものである。明日が恐ろしいのは、きっとエリゼだけだろう。

「まだ私がどう思っているかも言ってないのに貴方って強引ね」

 そう嫌味を投げても、返ってくるのは頬の緩んだ笑み。

「だったら何で何もないのに此処にいるのかな? “寝る場所”と言っただけで強制はしてないんだけど」

 意地悪く瞳を細めた彼の返しに押し黙ったエリゼは、逃げるように目を背けた。
 ――そんな事、聞きたいのはこっちの方だ。膨れていると、ふ、と人影の灰色が足元に広がる。見上げて映った射抜くような面持ちにどきりと胸が跳ね、どぎまぎした彼女の体がふわりと浮いた。

「疲れただろう? もう休みなよ」

 ベッドに寝転がされると、カインもそのまま倒れ込む。まさかこの体勢で眠れと言うのか。

「あの、落ち着かないのだけど」
「ふーん、それは良かったね」
「ちっとも良くないわ」

 素っ気なくそう言われ反論すると、思いがけない呟きが耳に留まる。

「意識してるの? 僕の事」
「な、っ……!」

 ――そりゃあ顔を向き合ってこんなに密着していたら気にもなるだろう――いやいや、そんな問題じゃない。何を馬鹿な事を言うのだこの王子は。誰が誰を何時意識したと?
 顔から火が出るのがありありと理解出来た。そして目の前の眉目に盛大に笑われた事も。

「ぶはっ! か、顔真っ赤!」
「ちょっと、笑わないで頂戴! 貴方が変な事を言うから!」
「ふ、はははっ……」

 年相応の少年らしい表情にまたどきりとした我が身がそれはもう憎らしい。

「嗚呼、早く明日にならないかな」

 至極嬉しそうにカインが眠りにつくと、やる瀬ない恥ずかしさを抱えたままエリゼも無理矢理視界を閉じた。

 ――そして間もなく、シェスター家の長女エリゼが王家に嫁ぐというニュースと、シェスター家を襲った犯人の逮捕が同日に世界を騒がせる事となった。


姫君の玉の輿
(何でこんな事になったのかしら。展開についていけないのだけど)
(まぁまぁ、幸せになるんだから"終わり良ければ全て良し"だよ)


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