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「あっつい!」

これ、4月の暑さじゃないと思うんですけど最近の天気どうなってんの。薄手のニットなんてもう着れない。そう思って脱いだけどなんら体温に変化はなさそうだ。本当に暑い。

授業も終わって、明日の課題をする為に図書室に来たはいいものの、涼しい筈である図書室のエアコンが壊れてるなんてそんな最悪なことある?青葉城西とは金がないのか?そんな馬鹿な。そうやって考えていることも段々と暑さに侵食されておかしくなってきてしまう。やはり暑さは身体に毒だ。広げた教科書もノートもペンも、全てを投げ出してプールに制服のまま飛び込みたい。今なら出来る気がする。

「あれ、こんな所で何やってんの?」
「‥‥‥ッス」
「女の子なんだから返事くらいちゃんとしなよ!」

だらけたまま机に突っ伏して数分、がらりと開いた扉から3年間同じクラスのモテ男が姿を現した。及川徹その人である。何やってんのという台詞をそのまま返してやりたいが、口を開くのも億劫すぎて短く受け答えをすると、父親みたいな返答が返ってきた。言ったら言ったで面倒だから口には出さないが、まずこれだけは言っておこう。

「‥うるさい徹」
「酷いな!?‥なに、バテバテ?」
「そんなとこ。無理。暑い」
「エアコン壊れた図書室になんかいるからじゃないの。出なよ。外の方がよっぽど涼しいと思うんだけど?」
「やっぱそうかなあ‥」
「ほら。さっさと立って行くよ。送ってくから」
「はあ?なんで?」
「及川さん優しいから女の子1人では帰しません」
「身の危険を感じるんだけど」
「ほんっとお前は可愛くないな!」

動きたくない。‥身体はそう言っていたが、どうもこの場所にこのまま身を置くのは私の頭が危ないと判断したらしい。よっこいしょ、なんて立ち上がった瞬間に徹の眉がぴくりと動いた。そうしてじとりと眉間に皺を寄せながら私の制服を見つめた後、徐に上着のセーターを脱ぎ始めたのだ。正真正銘の送り狼じゃないか!!

「なんで上着着てないわけ!?」
「この気温で着てる徹の方がおかしいよ!てかなんで脱いでんの!?ぶっ飛ばすよ!?」
「いいから着てなさいバカ!」

ずぼ!と上から被せられたセーターは、今の今まで着ていた物だからか割と高い温度で保たれていて、徹の匂いがたくさんする。男子の癖に良い香りの柔軟剤使いやがってありがとう徹のお母さん。しかし暑いのには変わりがないのだ。というかさっきの2倍暑い。訳がわからなくてとりあえず脱ごうとしてみても、彼は裾を下に引っ張ったまま動かない。なんなんだこいつ‥まさか「煮豚」とでも言いたいのか‥?他の女子には優しい癖に私には優しくないな!及川さん優しいとか言っておいて!

「ちょっと!暑い!」
「ハイハイ我慢してくんない?‥じゃないと俺本当に送り狼になっちゃうけど」
「何言って、」
「‥‥それでもいいなら脱がしてあげようか?」
「‥っえ」

ずいっと近付いてきた顔に、突然熱が顔に集まった。な、なんなのコイツ‥どういうつもりで言っているんだ?急すぎる展開に口元が震えている気がする。そうして硬直していると、耳元に唇を寄せてきた徹が一言だけ囁いた。

「青のストライプとか、意外に可愛いの着けてるね?」

‥青のストライプ?一体なんのことだ。
そして暫くして気付く。それ、私のブラの柄!!

「見たの!!?」
「失礼だし自分のせいだって自覚してね〜。分かったらセーター着てて。大人しく帰るよ」
「‥〜〜!!!」

なんだよ、そういうことか!先に言いなさいよ!!慌てて前を隠すと、面白そうに笑った徹は私の右手を掴んで歩き出した。

「ねえ、図書室誰か来た?」
「や、誰も‥」
「じゃあ、2人の秘密ってことか」

当たり前だろ言ったら殴るからな。そんないつもの暴言が私の口から出なかったのは、徹の耳が物凄く真っ赤になってたからだと思う。

‥私の家の前、真顔で「送り狼になっていい?」って言われたことは一先ず忘れておこう。

2017.05.26