帝光中学。
その名を聞けば、誰もが男子バスケットの強豪校だと口を開く。全中3連覇と言えば記憶にも新しい。だが、もちろん部活動がそれだけ、という訳でもないし、男子校というわけでもない。しかし今、バスケ以外の部活動が霞むのもしょうがないのかもしれない。"キセキの世代"。それほどに注目されていた。

そして春。帝光中学の”キセキの世代”達は、各々別々の高校へと進学した。そして同時に、帝光中学に通っていた残りの生徒達も自分が決めた高校へと進学する。これは"運命"だったのかと錯覚するほどに、今まで関わりのなかった人物達が足並みを揃えてくるーーなんて、きっと誰もが思わなかっただろう。













「うーん…ホットサンドよりフルーツサンドの気分だったかもしれない…」

陽泉高校。入学式の終わったお昼時。1年生は午前中に帰宅ができることをすっかり忘れていて、私はついいつものように普通にお弁当を作ってきてしまっていた。網かごのお弁当箱に敷き詰められたハムとチーズ、チリソースにトマトと紫蘇のホットサンド。梅風味のさっぱり唐揚げ。我ながら美味しそうは美味しそうなんだけど…中庭にぽつんと一人椅子に座り込んで溜息を吐いた。

「保冷剤を多めに入れて、フルーツサンドにしていれば…大体春なのに、今日に限って気温高いのが悪いんですよー…」

別に美味しくないわけではない、絶対。でも、人間あるあるとして、今はこれを食べたい気分ではなかったのだ。もっとさっぱりしてて、かつ疲れを癒せる甘い物がよかった、…と、私の体は訴えているわけで。ぱこっと蓋を閉じると、売店の存在を思い出して不本意ながら立ち上がろうとした。

「ぽちーっ!」
「…あ、千早さん」
「香緒里でいーってば!何時の間に教室からいなくなってたのー?探したじゃん!」

立ち上がる寸前にした高めの声にピクリと反応してゆっくり振り向くと、入学式早々からやたら馴れ馴れしかった、同じクラスの千早香緒里さんが私に向かって手を振っていた。今日初めて会ったのに何故こんなにフレンドリーなのか…という疑問は尽きない。人見知りなんて言葉をこの人は知らないんじゃないかな。そうは思いつつも好意はありがたく受け取る姿勢ではある。

「…え?お弁当?なんで?今日ってお昼いらないんじゃなかった?」
「つい癖で作ってきてしまって。でもホットサンドの気分じゃないからどうしようかな〜と思ってた所に売店の存在を思い出して。…千早さんも売店行きますか?」
「え〜私はぽちと一緒に帰ろうと思って探してたんだよー!あ、なんなら私がお弁当もらうよ!お腹空いたし!」

なんならってどういうこと?よく分からないけれど、お弁当に手を伸ばしてきた手をぺしりと叩いた。

「そもそもそのぽちって…なんなんですか?」
「そりゃあアナタ、戌飼(いぬかい) 真梨ちゃんのことだよー!子犬っぽいし、チワワみたいでぴったりじゃん!」
「チワワとぽちの関連性がよく分からないですけど…まあ悪意がないならいいです〜、けど、…一緒に帰るって、帰り道同じですか?」
「もー!ぽち細かいよ!そういうのは帰り道にお話しながら分かることでしょー?」

高めのツインテールをゆらゆら揺らしながら、ぶんぶん首を振ったりきゅっと眉間に皺を寄せたり。…とにかく忙しない子だと思いながら適当に相槌を打った。女の子だなとしみじみ感じる。

「という訳でお弁…と…」

さっと私のお弁当に手をかけた千早さんは、開いた口を開けて、……止まった。なに、どうしたんですか?そう言おうとふと視線を上げる。なんだか暗い。いや、気持ちとかの問題じゃなくて、単純に千早さん自身に影が落ちている。そして、もちろん私にも。もしかして後ろに誰かいるのだろうか。…心無しか千早さんの顔がビビっている。

「…なーに、ソレ食べないのー?」

同時に気の抜けたような低い声が耳につく。むしゃ、とスナック菓子にかぶりつく独特の音が聞こえたと同時に肩には大きな手。

「え、あ…!ちょっと、それ私が今からもらおうと思ってた…!!」
「えー?そうなのー?いいじゃん別にーこういうのは早いもん勝ちっしょー」
「早いもの勝ちだったら私のが絶対先じゃ‥」
「お腹すいてんだよねー。お菓子じゃ足りなくってさー。これもらってもいーんでしょー?」

ーーで………でか…!!!!!!

後ろを振り向いて驚いた。まず目線の先には太ももの位置。なんとか首を上げても胸の高さ。さらに頑張って上げてやっと顔が見えた。紫色の髪の毛をした巨人は、やる気のなさそうな顔で私の嫌いなまいう棒を頬張っていた。

2016.06.09

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