帝光中学。
その名を聞けば、誰もが男子バスケットの強豪校だと口を開く。全中3連覇と言えば記憶にも新しい。だが、もちろん部活動がそれだけ、という訳でもないし、男子校というわけでもない。しかし今、バスケ以外の部活動が霞むのもしょうがないのかもしれない。"キセキの世代"。それほどに注目されていた。

そして春。帝光中学の”キセキの世代”達は、各々別々の高校へと進学した。そして同時に、帝光中学に通っていた残りの生徒達も自分が決めた高校へと進学する。これは"運命"だったのかと錯覚するほどに、今まで関わりのなかった人物達が足並みを揃えてくるーーなんて、きっと誰もが思わなかっただろう。













「じゃあねアオ。いい子でお留守番よろしく」
「わう!」

わしゃわしゃと愛犬のアオを撫でると、その小さくて青く輝く瞳に自分の姿を映した。今日から高校生。ついでに入学式。赤いリボンをもう1回きゅきゅっと引っ張って気合いを入れ直す。残念ながら、同中で仲の良かった友達は一人も私の通う高校に進学していないけど、またここから新たなるスタートである。

「…って、やばいやばい早く行かなきゃ」

慌ててローファーに足を通すと、行ってこい!というアオの鳴き声が聞こえてきた(気がした)。結構時間やばめだ。しまったなあ、安心してゆっくりしすぎた。鞄を肩にかけると、一歩大きく足を踏み出す。空は快晴。絶好のダッシュチャンス!そしてタイミングよく電話も鳴った。

『もしもし、お前起きてる?』
「起きてるよ!今から全力疾走しようとしてたの!空気読んで!」
『全力疾走ってことはまた時間ギリギリだったな?そんなことだろーと思ったよ』
「そんなことより俊君も朝練なんじゃないの?遅刻するよ〜?」
『入学式に朝練なんてしてたら1年生の勧誘も出来ないしアカン言う(勧誘)だろ?キタコレ』
「切るね。遅刻するから」
『あっ!!おい待て、』

酷いオヤジギャグを朝一かまされてげんなり溜息を吐いた。俊君っていうのは、私の1つ上の幼なじみで現在誠凛高校に通っている2年生だ。見た感じはクールそうでかっこいいんだけど、その顔でオヤジギャグをぶっ放してくる中々の変人。ついでにいうと俊君の家族皆がダジャレ好き。家に遊びに行くと高確率ですぐ帰りたくなってしまう。…いや別にそれが嫌で違う高校に行った訳じゃないんだけど。

「…って!今度こそやっばい!!入学式から遅刻とかほんとありえないから!」

携帯をポケットに突っ込むと、今度こそ1歩大きく踏み出した。8時10分まで残り、あと10分である。許すまじ俊君。












「間に合わなかったよ!」

酷いものだ!と私は続けて大声で叫んだ。いや、間に合わなかった、というのは少し語弊がある。学校には五分でついた。さすが私、と自己満足、安堵の溜息。そして気が付いてしまった盲点。既に誰もいないからクラスはおろか校舎も分からないということ。とりあえず全てを見渡せるであろう屋上のさらに梯子を昇った所まで来てみたが、分かったのは体育館くらいだ。…いやさすがに入学式の始まった体育館に「遅刻しました〜」って行くのは黒歴史すぎる。いや入学式遅刻してる時点で黒歴史なんだけど。

「も〜俊君からの電話さえなければ〜!!」
「お前うるせーよ今入学式中だろ…」
「…へ?」

俊君への怒りがヒートアップしてきた所でかったるそうな低い声がどこからか響く。え?どこ?

「つーかお前のパンツ尻のトコすっけすけじゃん。痴女?」
「ぎいやああああああ!!!!!」

丁度真下から人間の声がすると思ったら、どうやら下の人からはスカートの中がばっちり見えていたらしい(そりゃ見えるわ!)。深い青の髪の毛と、どこでどう焼いたらそんな黒くなるんだって言いたい褐色の肌。なんだか全て諦めているような切れ長の瞳は、何故だか私を困惑させた。…と同時に、いやそれ以上に、辱めにあっているような感覚にさせられた。

「誰がパンツ見て良いとか言いました!?」
「あ?知らねーよ。大声がうるせーから起きたら上にパンツが見えたんだよ」
「大体メッシュのパンツは通気性もよくてスポーツには最適なの!!痴女とか言うな!!」
「残念ながらただのエロパンツにしか見えねーよ。しかも黒。サイコーじゃん?ごちそーさん」
「〜〜〜〜!!!!」

初日がこんなに最低だったのは全部ぜーんぶ俊君のせいだ。私はこの時そう確信した。

2016.06.03

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