合宿中は皆汗だくで、見ているこっちまで汗が噴き出してくる。次から次へと叩き込まれるルール、すぐになくなるボトルの中身、そしていつの間にか時間が経って、食事の準備。こういう、目紛しく時間が過ぎていくのは久しぶりで、ちょっと新鮮だった。

洗い物を全て終えて、やれ今度は明日の朝食の準備だと慣れた包丁を手にした瞬間どたどたと食堂に流れこんできた大きな男子生徒の山。どうしたんだ、もう夕飯は既に済んでいる筈なのに。あれだけの量をすっからかんにさせておいてまだ食べようとでもいうのだろうか。流石にそんな余裕はない。というよりあるけどもう作るの面倒臭い。睨みつけるように男子生徒の山を見つめていると、一際目立つ紫色が、包丁を手にしていた私の腕を取った。

「真梨ちんも参加しよーよ」
「は‥いやいや、全く話が読めませんけど‥」
「メンドーだけど、毎年やってんだってさ。肝試し」
「きも‥‥?」

え、ちょっと時期早くない‥?今って初夏ではないけど。普通肝試しって夏にやるものなんじゃないの?口に入れたポッキーをぷらぷらと揺らしながら片腕にお菓子を抱えた紫原君を見たところ、どうやらお菓子に釣られてきたようだ。っていうか、荒木先生ってそんなお遊戯を許すキャラだったんだ。ちょっと意外だ。

「いやいや、女子は駄目だろ。絶対ハナシになんねーよ」
「吃驚するのは吃驚しますけど、怖いのは別に大丈夫ですよ」
「そこはちょっと女子らしく怖いって言っとけっつの‥」
「福井先輩怖いんですか?」
「こっ!?怖くねえーーーし!!」

成る程怖いのか。分かりやすく慌てる様子を見ながら他に視線を向けてみると、結構そういう人がいるような感じがちらほらと伺えた。女子はもちろん私1人だけだし、逆にそれはなんとなくマズイだろうと思って断ろうとした直前、開かれた扉から荒木先生の姿が見えた。

「オイ何やってる。さっさと外行け、度胸試しやるぞ」
「どきょ‥?荒木先生、肝試しって聞きましたけど‥」
「心を強くする為の度胸試しだ。戌飼も参加しろ」

えっなんで私まで。
固まった私を他所に、さっさとそこから離れていく荒木先生と、じゃあ真梨ちんいこっかって腕を引っ張る紫原君。よく分からないが、全員巻き込んで強制参加ということだろうか。別にいいけど、‥何回も言うけど、なんで私まで。持っていた包丁を慌てて片付けて、引っ張られるままに外へと向かう。むぐむぐもぐもぐと、さっきまでしっかり夕食を食べていた筈の彼は、一体いつまで物を口に入れ続けるつもりなんだろうか。

「あー‥戌飼、」

ずるずると引っ張られる横で、気不味そうに福井先輩がもごついた。なんですか、と言ったところで、まだ口をちゃんと開く様子がない。なんとなく嫌な雰囲気がして、紫原君の歩くスピードを緩めてもらう。なに。‥ただの肝試しじゃないの?

「お前ホントに大丈夫な側‥?」
「お化けとか、そういうのはまあ割と平気な側ですけど‥」
「1人でも行けんの?」
「1人ですか?流石に1人ではやったことないですけど、多分?」
「まじかよすげえな‥」

ああ、そういうこと。つまりは、1人で行かされるということか。それは確かに怖いかもなあ。話を聞くと、この近くには範囲は狭いが深い森があって、丁度500m先に誰が立てたのか分からない青いお墓があるらしい。そこに、小さな紙に包まれた塩を置いてくる、というミッションなのだそうだ。

「誰が考えたんですか、そんなの」
「代々やってきたとしか聞いてねえからなあ‥まあ荒木先生じゃないのは確かだな‥」
「いいじゃん、さっさと終わらせたらいいんでしょ〜?」
「さっさとっていうけどな、結構他校の顧問が毎年気合い入れて驚かしてくるんだよ‥」
「福井先輩泣きました?」
「泣っ‥くかバカ‥!!」

ああ、半泣きだったのか。でも、そういうと流石に可哀想だったので静かに口を閉じた。

集合をかけられた場所には、既に他校の人達も集まっていて、それぞれが落ち着きなくそわそわとしていた。ぐいっと掴まれた腕がやっと緩くなって、ふと紫原君と目が合ってしまう。‥あれ、もしかして紫原君、少し怖い?そう聞いてみたかったけれど、ぽふっと頭の上に掌が乗ってきて、ああそうじゃないんだと思った。なんとなくだけど、多分彼は。

「‥私は本当に大丈夫ですけど、福井先輩の方が」
「男なんて結局大丈夫な生き物なんだって〜。俺は真梨ちんの方が心配」
「そうですかね‥?」

取り敢えずこれあげる、と口に突っ込まれたポッキーは、今の状況に不釣り合いな程の、甘酸っぱい苺味だった。

2018.05.19

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