「あんたって意外と甲斐甲斐しいよね」
「あ?カイガイシイってなんだよ日本語使え」
「日本語だわ」

そんな言葉知らねえよって言いながら、数10分前に私に殴られた頬っぺたを片手で押さえる青峰は、どこかへらへらとしている。意思を持って人の体を弄りやがったことを思い出してもう一発殴ってやろうかと思ったけど、‥今の青峰は多分、私の為に一緒に帰ってくれているのだ。不服ではあるがもう一発はやめておこう。あんだけ部員には迷惑をかけているというのに、結構人のことは気にしてくれるらしい。らしいと言えばらしいような気がするけど‥いまいちよく分かんないやつだ。

「お前あんま我慢しすぎんなよ」
「え?あー、大丈夫大丈夫。さっきはちょっと疲れてたからメンタルもちょっと一緒にやられただけ」
「さつきもいんだから無茶だけはやめろ。無駄に心配されんぞ」
「心配どうも」
「誰が俺だっつった」
「なによ、違った?」

ぼすん、ぼすん。大きな手で何回も頭を押さえるように撫でながら、そっぽを向く姿はなんだか照れているみたいに見える。‥いや、照れるのはこっちなんだけどさ。

そういえば青峰、結局今日も部活出てないじゃん。今日に関してだけ言えば私のせいだけど、きっと試合も近いだろうし、さすがにまずいんじゃないだろうか。そう思ったけれど、ぽんと思い出した男子バスケ部主将の言葉に口をぐっと閉めた。‥試合で勝ってくれればいいっていう、そんな言葉。今思えばあの発言には、一応青峰が部活に来ないことまでを容認しているということが含まれているのだ。いやもちろん怒ってる人もいるわけだけど。さっきの人とかさ。

「‥なんだよ」
「え?あ、‥青峰って試合とか出るのかな、と」
「あ?出るだろ」
「左様でございますか‥」
「楽しくねえけど‥」
「昔は楽しかった?」

しん。会話が途切れて、私が空気を吐いた音だけが聞こえた。あ、なんかまずいこと言ったような感じ?ちらりと彼の顔を盗み見ると、複雑な顔を露わにして、そうじゃねえの、と一言だけ口にした。‥本音だ、と直感的に感じた。

なんとなくそこから会話という会話がなくなって、いつの間にか青峰との分かれ道。今日はありがと、また明日。そうしてくるりと帰る方向へ体を向けた瞬間だった。オイ、ってぶっきらぼうな声が聞こえて振り向けば、何かを言いたそうな口がもごもごと動いているのが分かって、小さく胸がどきりと動く。‥な、なによ。あんまりらしくない顔しないで。

「‥あの頃だけは、スゲー楽しかったよ」

何かを思い出すように顔を歪めて、すいっと視線を逸らした彼はそう言った。切り取った時間だけを見ているような目がゆらりと揺れているのが分かる。心の中に巣食ってるもやもやなんて全部吐き出しちゃえばいいのに、彼はいつまでそうしているつもりなんだろうか。自分を最強だという青峰は、ぴたりと自分だけ時間が止まっているみたいだった。

「帰るわ」
「‥うん」
「ハア‥」
「え、待ってよなにその溜息」
「なんかお前と一緒だと調子狂う‥」
「んな!どういう意味!」
「わかんねーよ俺だって」

良い意味なのか悪い意味なのか。その答えが分からないまま青峰の姿は小さくなっていった。‥なんとなくだけど、私の前ではもしかして弱音が出てる、とか?持っていた鞄をぎゅうと握り締めて、私も今度こそくるりと背を向ける。だけど、ぼんやりとしていた顔を思い出したら急にいてもたってもいられなくなって、きゅっと足を止めて、また彼の帰る方向へぐるんと振り向いた。

「青峰ぇ!!」
「なんだようるせえな!!」
「また明日!ね!!」
「普通に言えよバカ!!」

バカとは失礼な!私のぎゃんっとした声に、同じようにぎゃんっと声を荒げた青峰は、言った言葉と反して可笑しそうに笑っていた。‥ああ、だからさあ、そういうあんたの顔が好きなんだって。声に出そうになったそれをごくんと飲み込んで、どきどきが大きくなる心臓を握り締めた。

2018.03.21

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