帝光中学。
その名を聞けば、誰もが男子バスケットの強豪校だと口を開く。全中3連覇と言えば記憶にも新しい。だが、もちろん部活動がそれだけ、という訳でもないし、男子校というわけでもない。しかし今、バスケ以外の部活動が霞むのもしょうがないのかもしれない。"キセキの世代"。それほどに注目されていた。

そして春。帝光中学の”キセキの世代”達は、各々別々の高校へと進学した。そして同時に、帝光中学に通っていた残りの生徒達も自分が決めた高校へと進学する。これは"運命"だったのかと錯覚するほどに、今まで関わりのなかった人物達が足並みを揃えてくるーーなんて、きっと誰もが思わなかっただろう。













「新入生代表挨拶ーー…」

眠い。その一言しか出て来ない。ずらりと並んだ生徒の中に紛れて小さく欠伸が出た。何気に憧れだった洛山高校の可愛い制服に身を包んでみても、その感動は着替えて僅かに5分しかもたなかった。ライトグレーのブレザーと2本線の入った可愛いスカート、ダークグレーの糸みたいな胸のリボン。さすがに入学式初日からスカートを短くする勇気はない。体育館の壇上では新入生の代表の男の子が難しい言葉をつらつらと述べ、先生達を唸らせている。まず興味がない。私が興味あるのは結局ただ1つ、この洛山高校のマーチング部だけなのだ。

「すっごいイケメンだね…!」
「ちょっと、オッドアイ…ぽくない…?」
「あれ?それより…ねえあの人、この間テレビ出てなかった?」
「え?なんのテレビ?」
「なんかの特集。‥なんの特集だったっけ」
「ゲーノージン?モデルとか?」
「多分違う……と思うけど…」

周りの小さなざわつきに、近くにいた先生が鋭く目を光らせる。ああ、知らないよ、入学初日で目をつけられても。それにしても長いな、挨拶。…あ、やばい、また欠伸出そう…

「……ふぁ」

その瞬間だった。この体育館には数多くの生徒が整列しているのに、新入生代表挨拶をしていたその男子生徒は、迷い無く私に視線を向けてきたのだ。まるで欠伸をしていたことを咎めるかのように、視線は揺らがない。…っていうか、そもそも新入生なんだから同じ歳でしょーが。見逃してほしい。

「ミイ、あっちの先生見てるよ」
「先生も…?も、いーよ別に。欠伸くらい」

ミイ。巴(ともえ) 由衣。中学の時、入学式初日で担任の先生から「み さん」なんて、漢字を間違えられたのがきっかけの、私のあだ名。名字が干支の"巳"に似てるからって、頼むわ教員…って感じだった。私は生粋の日本人だってーの。斜め後ろから楽しそうに声をかけてきた、他校出身の知り合い、石川 詩栄(いしかわしえ)は、初日にしてなんだかやる気ないなあと苦笑い。入学式にやる気もなにもないと思うんだけど…そんな詩栄と小さな会話をしている間に、何時の間にか代表の男の子は壇上から去っていた。…欠伸がそんなに気に入らなかったのだろうか。だが所詮大所帯の中の一人。きっと例の代表とはクラスどころか学科も違う。そう考えながら、本日3回目の欠伸をそっと手で隠した。













「ねえミイ」
「…」
「ミイってばー」
「…」
「ミーイ!!」
「私は今この現実を受け止めようと必死なの詩栄。落ち着いて」
「落ち着くのはアンタよ!顔怖い顔!!」

そう言われても仕方ないでしょ。30分前までの私の余裕はどこへやら、席に座って数秒後に悪寒が走った。目の前には詩栄、後ろには……例の代表。何故。あり得ない。代表っていうからにはやっぱ特進科とかじゃないの?なんで専門科にいるの!?で同じクラスなの!?

「…ってかミイ、あんた赤司君と同中だったんでしょ?今更何そんな顔する必要があるの?」
「…赤司?とは?誰が同中?私?…私!?」
「ほんとつくづくふざけてるよね…大体なんでこーんなイケメンと同中で3年も気付かないでいれるのよ…」
「そんなこと言われても…」
「巴さんは中学3年間キチンと通っていたわけじゃないからね。僕も3年生で一緒のクラスになっただけだ。それにくわえて春から秋にかけては殆どいなかった。まあでも、忙しいのは分かるけれど、欠伸を3回もしてしまうのはいただけないな」

ヒエッ、突然答えてくれた。知ってた。しかも欠伸の回数まで見られてた。ひくり、と口の端が勝手に引きつる。代表ーー赤司君。すみません、私の中学の頃の記憶に、貴方は一切残っておりません。

2016.06.01

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