「椎菜さんのこと、好きなんだけど」

うわ、またこれかよ。この状況一体何度目だ?彼女が入学してきてから、この告白タイムに何度遭遇してきたことやら。皆体育館裏とかいう謎スペースになに心奪われてんの?買ってきた紙パックのストローに噛みつきながら、俺はそんな雰囲気を見守っていた。‥内心は少しだけ面白くない、なんて思いながら。

「ごめんなさい。‥‥私、彼氏いるの」

その返答にも今までとなんら変わりはない。謝罪の後に放たれる言葉の前の間にも変わりがなくて、本当にこいつは彼氏にしか興味がねえんだなと苦笑するしかない。相変わらず入り込む余地は無し。いや、入り込む気はもちろんない。‥もちろん今現状としては、だ。

「それいつも言ってるらしいじゃん。本当にいんの?」
「うん。その人以外なんて考えられない」
「それも常套句らしいけど」
「でも本当のことだから」

珍しく、相手がしつこい男だった。いつもより少しだけ身を乗り出して聞き耳を立てていると、じゃり、という砂の音で彼女に近付いていくのが分かって、ちょっと、と李沙ちゃんが声を上げたのが聞こえた。ああ、そういう奴ほど嫌われるっていうのを分かってねえんだなあ。かわいそうに。‥なんてぼんやり考えていたが、どうやら2人の雰囲気があまりよろしくないことに気付いて、紙パックをそっとゴミ箱に捨てた後、ちらりと様子を視界に入れた。

「いいじゃん。ちょっと付き合ってみるだけでもさ、お試しで」
「いっ‥た‥!!!?」

その瞬間、近くに聳えるでこぼことしたコンクリートの壁に思い切り李沙ちゃんの手首を打ち付けた男の姿が見えたのだ。ガン!と、鈍い音が聞こえて思わず隠れていた壁から飛び出した。だって、あんなの不味いだろ‥!

「お前何やってんの?」
「‥は、誰、3年‥‥彼氏ってアイツ‥?」
「違う、黒尾先輩は‥」

そう、俺は別に彼氏じゃない。李沙ちゃんの2つ歳上で、3年で。李沙ちゃんの彼氏とは違って普通のバレー部員で、ミドルブロッカーで。‥そんなことを色々とごちゃごちゃ考えていたのに、これからも彼女に言い寄る男がいて、その中の複数人が無理矢理にでもこういう風に彼女を痛めつけることがあったならと思ってしまうと。嘘でもいいから今だけはと思ってしまったのだ。

「そう。彼氏」
「!?ちょ、せんぱ‥!」
「李沙はいつも男前に告白のお返事断ってくれるから安心してたんだけど‥君もさあ、無理矢理はよくないんじゃないの?しかもこっちは女の子なんだから」
「こいつが、‥いけねえんじゃねえの!男いるとか言う癖に、そういう素振りなんて見たこともねえから、」
「だからこういうことしてもいいとでも?」
「っ‥」
「分かったらさっさと消えろよ。‥‥次李沙に近付いたら何するかわかんねえからな」

押し付けていた男の手を剥ぎ取って、ありったけの力で男の手首を締め上げると、力の強さと渾身の睨みに腰が引けたらしいそいつは悪態をつきながら慌てるようにその場から消えた。暫くしてちらりと彼女の様子を伺ってみると、飛んできたのはそんな彼女の掌だった。

「なに、言ってるの、先輩‥!」
「馬鹿。言葉の綾だろ。ああでも言わねえとアイツ絶対次もやるぞ」
「でも私は宮君と付き合ってるのに‥!噂になったらどうするの!」
「適当に誤魔化してやるから安心しろって。お前は違うって言ってくれていいから」
「はあ!?」

まるで意味が分からない、とでも言いたそうな顔だ。うるせえよ、俺が1番分かんねえよ。何が嬉しくて好きな女の偽彼氏とかしなきゃいけねえんだよ。‥俺が1番不憫だろうが。

打ち付けられた彼女の手首は、コンクリートのでこぼこで赤くなっていてほんの少しだけ腫れていた。これくらいだったらとは言いたいが、李沙ちゃんは大好きなバレーボールでセッターというポジションを務めているのだ。‥つまりは彼女の全部引っ括めて好きなんだから、これだけ心配になるのも過保護になってしまったのも、少しは許してほしかった。

「黒尾先輩がそんなに変な人だなんて知らなかったですよ!」
「うるせえバカ。それより保健室行くぞ、その手不味いだろ」
「そりゃ不味いですけど、それより黒尾先輩と噂になる方が!」

それ以上は口に出して欲しくなくて、大きく開いた掌で彼女の口を塞いだ。そんな、告白を何度も振るような発言するんじゃねえよ。こっちだって望んで偽物に立候補してるつもりじゃない。何も起こらないように、‥してやりたいだけだ。クソ、馬鹿野郎。

2017.10.19

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