「椎菜さんナイストスー!」

ぺちり。同じチームの先輩と軽くハイタッチをすると、練習試合終了のホイッスルが鳴った。周りは皆喜んでいるけど、どうにも私には生温くて溜息を吐いた。もっと熱くなれるような試合がしたい。もっと本気になれるチームで戦いたい。何もかもが圧倒的に足りない。全然足りていない。

「あ、見て見て隣の男子。相変わらずキッツそうなことやってる‥」
「うっわ‥山本君ワンマンずっとやらされてる‥顔めっちゃキツそう‥」

2年の山本猛虎先輩。外見こそヤンキーだけど、ただのバレーに熱い男だ。‥いや、別に馬鹿にしているわけではないし、むしろ好感はもてるタイプ。コーチの直井さんがボールを色んな所に投げているが、ひたすら飛び付くように腕を伸ばす山本先輩を見ていいなあって、口から出そうになって飲み込んだ。

「ナイス山本もう1本いけ!!!」

そうしてその背後から、黒尾先輩の大きな声が響く。ほら、女子はもうゆるゆると時間きっかりで支柱を片付けようとしているのに、男子は時間がきてもまだ足りないとボールを追っているのだ(あ、孤爪先輩欠伸した)。

「うりゃアアアコラアアア!!!」

遠くへ飛ばされたボールは、鬼の形相をした山本先輩の腕に少しだけ当たり、大きく弧を描いて私の方へ。そうしてぽーんと片手で上に上げて受け止めると、黒尾先輩がほんの少し笑いながらこちらへ駆けてくるのが見えた。

「サンキュー李沙ちゃん」
「‥相変わらず楽しそうだね、男子」
「女子は相変わらず片付け速いな。混ざる?」
「御冗談を」

いや、本当は混ざりたいけど。練習量だって足りないし、やる気だって熱だって。顔の前でゆるりと手を振っていると、じゃあ俺戻るわって言いながら足を突然ぴたりと止めた黒尾先輩。戻らなくていいのかな。なんだろうかと立ち止まっていると、もう一度こちらへ向かってきて耳打ちしたのだ。

「終わったらちょっと待ってろよ」
「なんで?」
「飯。どうすか?」
「奢りですか?」
「可愛くねえなあ」

先輩に可愛く見せる必要なんてないもん。それでも私は何も用事なんてないものだから、いいよと首を縦に振った。満足そうに笑った黒尾先輩が夜久と海も連れて行くわって言いながら離れていく。ほら、やっぱり私にはバレー馬鹿な人の方が相性いいんだよ。まあ、その頂点に立つのは宮侑その人なんだけどね。












「李沙ちゃんは‥‥やけ食いか‥?」
「バレーが恋しくて仕方ない病気なんだと」
「まあ女子はどっちかというとわいわいバレーだからなあ‥」

男子バレー部が終わるまで待っていた私は、黒尾先輩と夜久先輩とラーメンを食べに来ていた。海先輩はお家の事情で今日は来れなかったのだとか。残念。頼んでいた豚骨ラーメンと餃子と炒飯をモリモリと食べている姿に夜久先輩が若干引いているがそんなのは気にならない。

「てかさ、そんなに今の状況が嫌なら変えてやればいいんじゃないの?」
「嫌ですよ、そういうリーダーっぽいの私向いてないですもん」
「セッターなんてそもそもそういうポジションに近いじゃねえか」
「孤爪先輩は違うじゃん」
「あいつは中心に立って発言するのが驚異的に苦手っつーか無理なだけなんだよ。音駒の脳なのは変わんねえわ」

音駒の脳。なんてかっこいい響きだ、と同時に羨ましい。音駒の男子バレー部は最近急激に強くなってきている気がする。もちろん、私の目から見てだから感覚の話し。でもそう感じるってことは、チーム全体が纏まってきているということで。

「‥夜久先輩も黒尾先輩も女子だったらよかったのになあ」
「「ブッ」」
「うわ!汚いッ!!」

僅かにスープを噴き出した黒尾先輩と、僅かに水を噴き出した夜久先輩。っていうか黒尾先輩は私の目の前に座ってるんだからやめてよ。‥今の状態が嫌なら変えてやれなんて‥まあ夜久さんらしいお言葉だ。ああ、戻りたいなあ‥‥兵庫。宮君のいる所に。

2017.09.19

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