「あ、帰ってきた。iPhone無事?」
「無事でーす!アカネさん助かりました!」
「よかったね」
「ったく‥勘弁しろよな怜奈‥業界人の連絡先たくさん入ってんだから気を付けろよ」
「うっ‥すみません‥」
「まあまあ陸」

月島君とケーキを食べ終えて無事にスタジオに戻ってきた私を待っていたのは、"アカネ"というバンドのボーカル・アカネさん( 薙原朱袮 - なぎはらあかね )と、その"アカネ"のベーシストである川柳 陸( かわやりく)である。何故バンドメンバーではない2人がここにいて、私がいるかというと。それは目の前にある新しいCDの説明がまず必要なところだ。

「‥で、話してた内容だけど。次のシングルどこまで売れると思う?」

今この場にピアニストの穂波( ほなみ )さんという女性がいないが、実はその人含むこの4人でスムースジャズの音源を顔無しで出している。アカネさんはギターも凄く上手で、そのアカネさん筆頭にこのメンバーが集まったのだ。あのアカネさんからお声がかかるとは思っていなかったから、衝撃と嬉しさが一緒になって泣いた。つまり、大尊敬している若手アーティスト第1位がアカネさん。イケメン。‥つまりそういうことである。

「2枚しか出してないけどバカ売れしてるもんな。メジャーのオリコンチャートでインストが6位に入ってくるってかなりヤベエぞ」
「顔無しデビューっていうのがウケてるとは思いますけどね!」
「穂波もだけど、ゆかりお墨付きのドラマーを誘って正解だったな」
「アカネさんがゆかりと仲良くて本当に良かった〜!!まさかこんな奇跡起こるとは!って感じでしたもん!!」
「そんな大袈裟な‥」

ゆかりというのは、大学時代から付き合いのある私の友達だ。彼女のおかげで私は今ここにいる。横の繋がりが大事なこの業界だが、身を以てそれを感じたのがアカネさんとバンドを組めていること。何度も言っておきたい。衝撃と嬉しさで泣いた。

「つーか‥ほんとお前その猫被り仲間内ではどうにかしろよ朱袮‥見ててこっちが気持ち悪い‥いずれは怜奈にもバレるこったろーが」
「急には変えられないよ」

陸さんやゆかりに聞いた話しだと、アカネさんは"草食で優しい"キャラを定着させる為に、自分の性格をずっと誤魔化しているらしい。でも、私はまだそんな猫被りではないアカネさんを見たことがないからどうも冗談にしか聞こえない。そもそも本当のことなのか?くらいには思っているが、私より付き合いの長い2人の話しなのだ。そのうちきっと分かることなんだろうけど‥とりあえず、幻滅はしないように心の準備だけはしているつもりだ。

「‥初回生産10万枚とかどうですか?」
「いや怜奈それマジで言ってる‥?インストだぞ、結構勝負出てね‥?」
「出す度に売れてるからアリだとは思うよ。実質2枚目は半年で既に6万枚売れてるからね。ジャケットに力があればまた売れるだろうし」
「あ」
「なんだその音」
「す、すみません、メールです」

ピヨピヨピヨという独特のメール音はいつもなら消音で聞こえないから少し恥ずかしくなって、ぷちりとバイブに切り替えて確認する。‥一体誰だろうか。操作してみると、出てきたのは見知らぬメールアドレスでヒヤリとした。まさか、‥月島君が拾う前に誰かに見られたりした‥?そう思ったが、内容を見て安心した。

"ケーキ、ご馳走様でした"

メールは月島君からだった。アドレスを教えるつもりなんてもちろんなかったけど、月島君が別の美味しいケーキ屋さんを知っているなんて言うから、また時間を見つけて一緒に行こうということになったのだ。随分生意気な高校生ではあったけど、ケーキが好きだなんて中々物分かりの良いメンズである。それに、あんな高身長のイケメン君が甘味大好きなんて、生意気が一周回って可愛さすら感じた。それに、彼に仕事に対する害なんて微塵も感じなかったし。兄弟なんていない私には、ちょっとした弟でもできた気分だったんだよね。実は。

「用事?」
「いえ!なんでもないです!」

まさかさっきiPhoneを拾ってもらった男の子とアドレス交換した、‥なんて言えるわけもなく、適当に誤魔化してそれとなく会話に加わった。

2017.05.05

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