「好き」なんて、面と向かって言われたことあっただろうか。回転もままならない頭をぎしぎしとなんとか動かして考える。そもそも私は恋愛だのなんだのより、自分の趣味や好きなことを1番に優先して今までの人生を生きてきたのだ。だからこその現在、好きなことを仕事にして食べていけている。それはもちろん自慢にも値する素晴らしいことだと思っている。だけど初めて、思ったことが1つ。‥私はあまりにも無知だ。好きだの恋だの愛だの、経験なんてなかった。でも、自分の気持ちはとっくの昔から分かっているくせに、表現の仕方が分からないというか、‥私の立場でそれを言ってもいいものなのか。

ゆかりに諭されてしまったからというのもある。でも、考えたらすぐに分かることだった。例えば私と蛍が付き合うことができたとして、なにかのきっかけでバレて迷惑をかけてしまうのはきっと蛍の方。訳も分からない変なマスコミなんかにヒットしてしまったら、絶対に蛍は嫌がるだろう。

「‥ちゃんと今の聞いてました?」
「えっあっ」
「好きって、‥言ったんですケド」

いやごめん、ちゃんと聞こえてたよ、聞こえてたから困ってんの。

目に見えて不機嫌になっている彼の姿に、うっと言葉に詰まってしまう。じりじりと詰め寄られる距離に、唾を飲み込む音まで届いてしまいそうだ。こんな所、うっかり誰かに見られでもしていたらどうしよう。ふとそんなことを考えている隙に徐に押さえつけられた唇は少しだけ冷たくて、ほんのりとだけ濡れていた。‥いや、濡れていたと感じたのは、私のリップクリームのせいか。ってそうではなくて。

「ちょ、っけい、」
「‥人の話聞いてない方が悪いでしょ」
「聞いてたって、ぅむ、」

どうしたって蛍の方が大きいから、どうしても逃げ道っていうのは少なくなってしまう。唇と唇の間からあたたかい息がほんのり出てきているのが分かると余計に恥ずかしいし、付き合ってもないのになんてことをしているんだろうとちょっとだけ後ろめたくもあった。だけど嫌ではなく、むしろどことなく幸福のようなこの感情を隠すのは難しい。歳下のくせに、どこでこんなキス覚えてきたんだろう、私なんてほぼ初めてだよ。高校の時に女友達とふざけて軽くキスしたことあるくらいなんだよ。こんな、熱くて気持ちのいいキスなんか知らないんだから、ほんとに勘弁して。

どのくらいそうしていたんだろうか。合わせては少し離れて、指で唇をなぞられてまた合わさって。苦しくなると蛍の制服の裾を掴んで引っ張ったりした。こんなの、同意だ。好きって私は言ってないだけで、肯定しているようなもの。

「‥怜奈さん」
「?」
「もうごちゃごちゃ考えるのやめてください。立場も、内緒も秘密も全部分かってるつもりです、それよりも本心が聞きたい」
「‥うん、」
「好きです」
「‥‥うん」
「怜奈さんは?」

中々言葉にしない私に、とうとうど直球に聞き返してきた蛍の顔は至って真面目だ。私は、私も、好き、‥だけど。
だけど。けど。でも。しかし。思いついたのは、全部言い訳ばっかり並べたてそうな否定の繋ぎばっかりだった。そうじゃない、ちゃんと言わなきゃ。

「‥好きですけど」
「‥。けどってなんですか」
「好きなのよ。私も好きなんだけどさ、‥いいの?私なんかで。歳上だし、そんなにおおっぴらにどこか行けたりしないし、多分凄く面倒だよ。蛍ってそういうのあんまり好きじゃないでしょ‥?」
「そうですね」
「ほれ言わんこっちゃない!」
「だとしても僕は怜奈さんと一緒にいる方を選びます」
「‥ばかなの?」
「馬鹿になるのはアンタの前だけですよ」

高校生だなんて思えない。そのくらい、蛍は私のことをドキドキさせる。ああ、勝てない。多分これから先も。
掴んでいた裾も繋いでいた手も全部振り払った私は、観念して彼の少し薄い背中にぐるっと回す。だけど、思っているよりもずっと厚みはあって、ちゃんと男の子だ。なんだろう、香水の匂いじゃないけど良い匂いがする。柔軟剤かな。‥それよりも心臓飛び出してきそう。

「急に積極的」
「うるさい」
「ちょっと顔見せて」
「いや」
「いやってなに」
「今やばいんだってもうマグマみたいに熱いの!絶対噴火する!」
「いやするわけないデショ」

呆れた声の奥で笑っているような気がする。その顔見たい、だけど自分の顔は見られたくない、さあどうするか。そんなことを考えていたその瞬間に、くいっと顎を優しく指で持ち上げられて瞳にはっきりと映し出された蛍の顔。「勝った」みたいな、とても満足気な笑みだ。

「うわ、ホントに噴火しそうですね」
「ッばか!!」

2019.04.19

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