いつも通りなようで、全くいつも通りじゃない。今まで隠していたことを大っぴらにするように手を繋いできた京治君の手を振り払おうと思えば出来たけど、そんなことしなくてももう私はきっと大丈夫だと何度も呟いたのは記憶に新しい。大学の正門を潜った瞬間にどきっとしたけど、もう逃げらんないよとばかりに彼の手に力が入ったのが分かった。

もう隠したくないんだけど。そんな言葉に迷いながらも分かったと言ったのは私。だったらもう堂々と手を繋いで学校行ってみようよって言われて、ぴゅんと心臓が跳ね上がったのは今朝の話だ。京治君はそういうことしようとか言う人じゃないと思ってたから、ちょっとだけ驚いた。

「もう隠さないんでしょ?」
「わ、分かってます!」

ちらちらと刺さる視線が少し痛いような、気のせいのような。カチコチになって、右足と右手が一緒に出てしまっている私を京治君が可笑しそうに見ているのが分かる。今まで内緒にしていた分もプラスされて人の目が気になってしまうけど、‥私は京治君の彼女なんだもん。堂々としてないと、また京治君を不安にさせちゃう。

「ちょ‥ちょちょちょちょ‥!」
「へァっ?!円ちゃ‥」
「な、なななんで赤葦君と手繋ぎ登校‥!?どうしたの、なにがあったの!?」

後ろから突然肩をばんばん叩かれて驚いていると、そんな私以上に驚いている円ちゃんが視界いっぱいに映っていた。目玉が飛び出しそうとはこういう時の表現なんだろうなと思いつつ、どきどき煩い心臓を何度も飲み込んだ。なにがあったと言われましても。この状況で「なにがあったの!?」って聞かれても、そんなのは一択しか出てこないと思う。むしろ「偶然会ったついでに男の子の友達と手を繋いで学校来ちゃった」なんて言い訳どこで通じるんだろうか。‥海外なら通じそう。

「わ、‥私今、京治君と付き合ってるの!」

思いの外大きくなった声が向こうの方まで聞こえていたのか、何人かがこちらを振り向いたのが見えて、ひえっと肩が竦んだ。‥いやいや、でも私は何も間違ったことは言ってないんだからびびる必要なんて何もない!ぽかんとしたまま口をあんぐり開ける円ちゃんは、何度か瞬きをぱちぱちして私と京治君を交互に見ている。そんなあからさまに驚かなくてもいいのに。‥流石に凹む。

「え、うそ、ほんと?なに?‥あんた達両想いだったの!?」
「そ、そうだったみたいで‥私もちょっ‥いやかなり驚いたというか、‥つまりあのそういうことなので!!」

言っちゃった。とうとう言ってしまった。京治君の彼女だと友達に名乗るだけで緊張してしまって、ぎゅううと繋いでいた手に力を込めた。どうしよう、円ちゃんに本気で「赤葦君とだなんて似合わない」とか思われていたら。悪気はなくてもそう言われる可能性がある、そんな子なのだから油断はできない。少し身構えて次の言葉を待っていると、そっかあって呟いた声がした。そっかあ、って、なんだろう。

「いやごめん。まさか〜って感じでさ。赤葦君どっちかっていうとキレイ系な彼女いるイメージだったから」
「予想と現実は違うよ。俺は那津が1番可愛いと思う」
「ひっ」
「いやいやいや‥‥てか赤葦君がそういうこと言うのも意外‥分かんないもんだわ‥。まあでもよかったじゃん那津。おめでと!」
「あ‥ありがと‥?」

やっぱりイメージというのは人の脳にこびりついてるものらしい。だけど、円ちゃんはにっと笑って私の頭をぐしゃぐしゃにして喜んでくれていた。「ってか私結構失礼なこと言ってたよね、ごめん〜」って両手を合わせる姿を見て、今までの言葉に悪意なんてなかったことも分かった。いやそんなの知ってたけど。円ちゃんは思ったことが割とそのまま口に出ちゃってるタイプだからしょうがないと言えば、‥しょうがない。

「で?いつから?昨日?一昨日?」
「え、‥えと、」
「伊野さんには秘密」
「はあ〜?」

ね、と薄っすら笑った顔は、してやったりというような悪戯っ子のそれだ。円ちゃんはその受け答えにちょっぴり拗ねて、ずるいって腕組んでいる。私はそのまま京治君に手を引っ張られて、よろけた拍子に彼の体にぶち当たった。‥痛くはない。そりゃそのまま肩を組まれれば、痛いはずがない。顔も知らない大学の生徒からひゅーと野次の声が上がって恥ずかしかったけど、京治君はそんなこと意にも介していなかった。

「なんか先越された気分‥私も誰かいないかなあー」
「木兎さんとかいいんじゃない?」
「赤葦君それ本気で言ってるなら怒るよ」

木兎先輩と付き合うとか考えらんない、とむっとした顔を晒して、ちょっと怒っているのかどすっと彼の右肩に拳が当たる。‥付き合ってるって言ったらなんかすっきりしたかもしれない。って思っていたら、見せつけるように握られた彼の手に「そうでしょ?」って言われたような気がした。

2018.07.26

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