『悪い。飲ませるつもりなんか全くなかったんだけど』

そんな電話がきたのは、バイトが終わってすぐくらいだった。お客さんも平日の割に多くて、長居をするおじちゃんおばちゃんの世間話にも付き合って。そうして掃除や片付けを終えてからマスターにご飯をご馳走してもらったので、結局お店から出たのは23時前。暗いから1人で帰るのやだなあと思っていたら、突然の黒尾先輩からの連絡。なんだろうと通話ボタンを押したら、ぎゃいぎゃいと煩いBGMと気まずそうな黒尾先輩の声がしたのだ。

「?黒尾先輩飲んでも問題ないと思いますけど‥」
『俺じゃねえっつの。赤葦だよ赤葦』
「え‥飲ませたんですか!?」
『おい人の話聞け。飲ませるつもりなかったっつったろ。木兎の馬鹿が自分のグラスの中身水だと思って渡しちまったんだよ。赤葦のやつ一気して咳き込んでたわ‥吃驚した』

京治君がお酒に強いとかそういうことはまだ分からない。彼は未成年で、本来飲んで良い歳ではないからだ。でも、黒尾先輩から電話がきたということは、お店でなにかよからぬことが起きているということだろう。まさか、タイミング悪く警察官でもいたのだろうか‥。いやいやでも、意図して飲んだ訳ではないのだからそこはなんというか‥最初だけは、見逃してもらえない‥のか‥?

『駅のすぐ側に小さい焼き鳥屋あるだろ?今そこにいるから那津ちゃん迎えに来てくれねえかな』
「あ、はい、分かりました、」
『赤葦が那津が那津がってうるさくてよ、』
「‥え?」
『あいつ酒入ってから那津ちゃんとのことゲロってたぞ』
「え、ぇぇええええ!!!?」

黒尾先輩が可笑しそうにけたけたと笑っている音が聞こえる。冗談かと思っていたけど、どうやら冗談ではなさそうだった。理由は後ろから「小鳥と付き合ってたとか俺は聞いてない!」という木兎先輩の声がしていたから。お酒が入ると京治君は口が軽くなるのか‥?いやそれよりも、木兎先輩にも知られてしまった。あとは誰がいるんだろう‥?「え?なに?赤葦小鳥さんと付き合ってんの?意外だわ〜。お前もっと歳上美人が好きそうなのに」とか言われてたらどうしよう!

一旦通話を切ると、ぐだぐだになっているらしい京治君を迎えに行く為に足を急がせた。200mくらい真っ直ぐ行ったら駅が見える。その隣の奥に、小さな焼き鳥屋さんがあるはずだ。これ以上京治君が赤裸々に語り始めないうちに、早く腕を引っ張って帰らせないと。

‥あれ?そういえばなんで私に迎えにきてなんて、わざわざ黒尾さんは連絡を?‥なんだか、嫌な予感がする。












「け、‥赤葦君っうわ、」
「‥あー、‥那津‥?」

見えた4人組の影のうちの1人が京治君だと分かって、思わず駆けて近付いた。黒尾先輩と木兎先輩と、‥身長の高い眼鏡の彼。誰だろうと思ったけど、ふと思い出したのはいつかの春高だ。見たことがある気がすると思ったけれど、赤葦君の右手がするんと腰に回ってきたから、考えていたことが全部頭の中から吹っ飛んでいった。

「ぎやっ‥!?ちょ、ちょっと‥!?」
「まーもういいんじゃね?俺らは一通り君達のこと知ってる訳だし」
「小鳥と一緒に住んでるとか知らなかったわー。早く言えよ、勿体振りやがって!」
「別に勿体振ってたワケじゃないのでは‥」

や!やっぱり!京治君喋っちゃったのか!

ひいと肩を竦ませて、私はなんとか首を縦に振って黙ってしまった。いやでもその通り、眼鏡君が言ってたように勿体振ってたわけじゃない。2人で住んでるとかおかしいじゃん。‥いや、今は付き合ってはいるからおかしくないのかもしれないけど。でも、やっぱり言いにくいに決まってる。京治君がこんな子と付き合ってるとか言われちゃうのも嫌だし、‥彼のイメージダウンとか、そういうこと思われたら‥。

「かえろ、那津」
「わっ分かったから、近いから‥!」
「赤葦キャラ変かよ。まあそれくらい那津ちゃんのこと好きなんだな〜。黒尾さん妬いちゃうわ〜」

にやにやする黒尾先輩と満面の笑みの木兎先輩は早く連れて帰ってやれよと一言、わははと上機嫌のまま背中をくるりと向けた。‥じいと見つめている眼鏡君は、私と京治君を交互に見た後に大きく溜息を吐いている。‥すごく、面倒臭そうな顔付きだ。

「‥赤葦さん結構嫉妬深いんですね」
「わ‥分かりませんけど‥何か言ってました‥?」
「‥君が赤葦さんとのことを内緒にしたいのは、一体誰の為なんですか」
「え?」
「他人ですか、自分ですか、それとも赤葦さんですか。そんなの全部赤葦さんのこと侮辱してます」
「‥っ」
「好き同士なんでしょ」

見透かしたみたいな目で一言そういうと、眼鏡の彼は2人の先輩に呼ばれてそのまま立ち去ってしまった。私の心を抉るみたいな尖った言葉は、そのまま私の心臓に突き刺さっている。‥もしかして、私は知らないうちに我慢をさせてしまっていたのだろうか。こういうスキンシップも恥ずかしいあまりに嫌がるし、バイトも遅くまでやって勝手に増やしちゃうし、‥誰にも付き合ってることを言いたくないと、我儘を言ったから?

「那津」
「‥うん、」
「‥‥きもちわるい」
「えっ!!?」

今の話しを聞ける余裕はなかったのかもしれない彼は、さあと顔を青くしてうずくまってしまった。ちょ、3人とももう遥か彼方ですけど!そう思いながらうずくまった彼の背中をさする。

「大丈夫?コンビニでお水とか‥」
「いらない、ここにいて」

ちょっぴり舌足らずな口調が私を引き留めた。こちらに少し振り向いた目は、置いていかれそうになっている子供みたいで、とても可愛い。片手でぐいと引っ張られた裾が伸びちゃいそうだ。

2018.07.07

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