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1ヶ月前、それどころかそれより前からいろんなお店で準備を始めているバレンタインデー用のチョコレート。トリュフだとか、生チョコだとか、ガトーショコラだとかココアクッキーだとか。種類をあげたらきりがないけれど、女の子は好きな男の子の心を掴もうと必死になるのだ。好きって想いを一生懸命伝える為に。

「知らん奴にチョコレート貰ってもなあ」

目の前で溜息をついてぶつくさと嘆くこの男は、男子バレー部の有名な双子の片割れだ。さっきまで使っていたノートの文字列を見ながら鬱陶しそうに顔を歪めている。いや、君は毎年沢山貰えるから言えるんだろうけど、周りの男子からしたらきっと物凄く羨ましいことなんだぞ。1年前こちらに引っ越してきた私も例に漏れずというか、そんな彼にチョコレートを渡すつもりだというのに。そんなこと言うなんて。多分知らん奴じゃないから貰ってくれるだろうとは思う‥けど。

「そんなに貰ったの?何個?」
「6個。のうち3個は知らん奴。2つは顔しか知らん奴。1人はクラスの奴」
「いいじゃん。女の子の純粋な気持ちなんだから」
「純粋な、なぁ‥」

面白くなさそうな顔で1つ包みを取り出して中身を取り出した彼は、色んな角度からクランチチョコレートを吟味してから恐る恐るというように口にした。毒なんて入ってるはずないのにそんな食べ方しなくても‥。そうしてガリッと半分砕いた後、何故か私にもう半分を差し出してきたのだ。

「え。なんで」
「口に合わん」
「合わんことないし。チョコレートとナッツとかしか入ってないじゃん。どっちも食べれるでしょ?」
「受け取るんはこんなもんで充分やろ。やる」

ぽいっと投げるように渡された半分と、包みに入った残り。そうして他のチョコレートも同様に1つの半分だけ食べると私にぽいぽいっと投げてきた。こら、女子の敵!気持ちをぞんざいに扱うなんて酷い!‥いや実はほんの少しだけほっとしてるんだけどさ。私を目の前にして満面の笑みでもぐもぐ食べるよりはずっと。‥うわ、私も酷いな、かなり最低だ。

「なんでチョコレートなんやろな」
「どうしたの急に」
「他の国やったら女が男にとかなんも縛られてないやろ、チョコレートが絶対て決められとる訳でも無し。日本だけやん、こんな変なイベントがあるん」
「お‥おお‥博識な治君‥」
「馬鹿にすんなや」

してませんよ。しかも勉強よりよっぽどバレンタインの歴史の方が詳しそうじゃん‥。よく分からないが、彼はバレンタインがあんまり好きじゃないと見た。そんなあ、私持ってきてるんだけどなあ‥。好きになった治君に渡す為だけに1個だけ、作ってきたんだけど、なあ。

「治君バレンタイン嫌いなの?」
「好きやない。鬱陶しいねん、女子の目が」
「モテる男は辛いですねえ」
「その半分はお返し目当てなんちゃう」
「治君が貰ったのはお返し狙いだったの?」
「返すなら苗字やろ。俺はほとんど食ってへん」
「責任転嫁しないでもらえませんか。そもそも私食べてもないのに」

じゃあ食えや。そう言ってずいっと伸ばしてきた手には、私に預けていたはずの半分残った食べかけのクランチチョコレート。あれ、いつ取った?首を傾げる間も無く口にずぼっと押し付けられて、口の中ではチョコレートの甘みが広がる。‥美味しいじゃん!超美味しいよ!

「めちゃくちゃ美味しいけど!」
「うっさい、黙って食えや」
「治君は好きな人から貰っても嬉しくないの?」
「いやそれは嬉しいやろ」

何言っとんのお前、みたいな顔して言わないでほしい。ああ、やっぱり好きな子からのは嬉しいんだなあと思っていたら、じゃあ果たして私のは嬉しいのだろうかと疑問が出てきた。‥渡した所で今みたいに少し食べて返されたりしたら絶対にトラウマ化する。渡すかやめるかの二択。‥いやーどうしよう。どうするべきか。

「そもそもチョコじゃなくていいと思うんやけど」
「ん?」
「ちゅーでもしてくれれば充分やし」
「ふお、おお‥」
「私をあげる的なバレンタインの方が好みや」
「私をあげるって‥夢見過ぎなのでは‥」

なにこいつ真顔でなに言ってんの。呆れたまま彼の顔をじっと見ていると、なんや、と居た堪れなくなったような声が聞こえてきて我に返った。あほか。それは彼女だからできることでしょうが。治君が好きなのでキスあげますって?‥いやいやあほか!

「男はその方が嬉しい奴もおんの」

で、自分はどうすんの?そう言われて気付いた時には、治君に作ってきたチョコレートの箱が彼の手に握られていた。え!?なんで!!鞄の中身見たの!?やったらそわそわすんなや。ことんと机に置いて、親指で半開きのままの私の唇をなぞって愉しげに笑う。これ、俺にやんな?青い付箋をつけて律儀に名前を書いていたのがある意味では運の尽き。

「チョコは貰っとくから、俺の提案も考えといてな」

親指にピンク色のリップクリームが移っていて、それを見せびらかすように自分の唇に押し当てた治君。恥ずかしくって、彼女にしてくれたらいいよって軽口を叩いた私に覚悟しとけやとか、そんな嬉しそうな顔して言わないでほしい。‥周りから黄色い悲鳴があがったのは、そのすぐ後のことだ。

2018.02.25