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「今日、暇か?」

え?いや、まあ私は暇だけど、治君は部活じゃなかったっけ。なんでそんなことを聞いてくるか分からない‥わけではないけど、でも明日練習試合あるって言ってたし、そもそもホワイトデー如きで部活休むような人ではないしな‥。たった一言、今日、暇か?の答えに迷って迷った結果、私は無難にまあ暇だよねと返した。だって一応帰宅部だもんね。暇じゃない帰宅部なんて受験生くらいじゃない?私達受験は来年だし。

「部活終わるまで教室おって」
「へ?な、ななんで?」
「なんでって、‥一緒に帰りたいやんか。今日ホワイトデーやろ」
「え‥ああう、うん‥」

じゃあ約束な。その言葉を残してぽんぽんと頭を撫でると、さっさと走り去ってしまった。奥で主将の人らしい顔が見えた気がしたから、多分それで慌てたんだと思う。別に、メールとか電話でよかったのに。

「‥本当に付き合ってたんだね〜お2人さん」
「ええ?信じてなかったの?」
「だって一緒に帰ってるのも時々だし、あのなんにも興味無さそうな宮治だよ?」
「バレーくらいしか興味なさそうだもんね」
「そうそう。‥で、律儀なナマエはここで待つの?」
「?うん」
「どうせならさあ、体育館覗きに行こうよ。ここで待ってようが体育館で待ってようが同じじゃない?」

確かにそれもそうだ。友人がわくわく顔をしているのがちょっと気になるけど、部活終わった後に3階までまた上ってくるのも大変だよね。体育館に来るなとは言われてないし。分かった、行こ。その声に対して嬉しそうな声をあげた友人は、鏡で色付きのリップクリームを付け直した後、私の腕を無理矢理掴んで引っ張った。痛い、痛い!あんた一体何にそんな興奮してるの!?縺れそうになる足をなんとか立て直しながら聞いてみると、回答はただ1つ、「宮侑!」だった。下心だけか。


***


なんで教室で待っとけって言うたのか分かってないんか。扉の隙間からちらちら見える影に、思わずぴたりと視線が止まった。

俺は侑と双子で、そしてそいつは面白おかしくなんでもネタとして扱ってくる。それが俺関連であることなら必ずと言ってもいい。だから、ナマエと付き合っとることは自分の口からは言うとらんし、2人でおる所は見られんようにしとる。自分の為でもあるけど、一応ナマエも絡まれんように、という意味で。‥なのに、明らかに侑に興味を持った友達と2人で、こそこそ、こそこそ。まだ部活半分も終わっとらんぞ、あのアホは。

「‥あれ、治の彼女だよな」

うっさいわ。黙れ角名。侑に聞こえたらどうすんねん。あいつ今折角頭の中試合のことしか考えてないんやから、ナマエのこと口にすんな。そう言いた気だったのが分かったのか、すんとした表情の後にすごすごとレフトへと戻っていった。よし、それでええ。気付いたのが角名でよかった。こいつは空気読めるヤツやからな。

ホワイトデーは、なんも用意しとらん。‥そんな訳ない。色んな飴玉を詰めた、ちっこい袋が1つだけ。だけどそれだけでは終わらしたらん。最終目的は唇を堂々と奪って、俺がチョコよりも欲しい物を貰うつもりでおる。バレンタイン貰いすぎなんちゃうかって多分怒られるけど、しゃあないやんか。欲しいモンは欲しいんや。

「‥お前絶対試合に関係ないこと考えとるやろ。その癖に調子良さそうやな、さっさと煩悩捨てろや」
「調子ええならええやろ。文句言うなサーブミス男」
「あ?」

今日1回もサーブ入ってないやないか。体たらくにも程があるわ。その言葉にムカついたのか、もっぺん言ってみろや!って怒っとる声が聞こえたが、北さんがぴしゃりと一言言えば、ひいと背中が収縮して小さくなったのが見えた。ざまあみろ。

ちらり。またドアの奥でこそこそと動く影が見えた。隙間からきょるんとした瞳が見えて、敵チームからサーブが飛んでくる瞬間にぴたりと目が合った。‥あ、こっち見とる。

強烈なサーブも侑に綺麗に返って、素早く踏み出してAクイックに入ると、ちっとも上げるつもりなんてなさそうだったトスが俺にきた。なんや、レフトにいくと思っとったんやけど違うんか。この絶妙なタイミングであげるなんて、お前も中々空気読むやんけ。すぱんと大きな音を立てて打ち込んだボールは、ラインの線の上に落ちて跳ねた。やっばいな、今日ほんまに調子ええ。

「彼女いるからじゃないの」
「‥そうかもしれんなぁ」

ぽそっと飛んできた角名の言葉に、ああ成る程、なんてちょっとだけ腑に落ちてしまった。そんなことがあるんかないんか分からんけど、今調子がええのは確かやしな。あかんな、さっきまでここまで来てしまったことを怒ろうと思とったけど、やめよ。美味しいケーキがあるとかいう店に行きたいとか前にぼそぼそ呟いとったし、サプライズで連れてくかあ。‥まあ、まずはバレンタインのキスとかいう、個人的な忘れ物を貰ってからやけどな。

2018.03.31