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じっと待っていればそのうち体育館から出てくるのは知ってるし、帰り際に川西君だけこっち側に来るのも知ってる。あとは、すごく申し訳ないけど白布君が一緒じゃないことを祈るだけだ。くしゃっと手の中の袋が音を立てて少しだけしわくちゃになっては慌てて形状を戻す。緊張するし、寒いし、早く来てくれないかなあなんて、約束なんてしていないのに文句を頭の中で呟いていると、目の前から2人組が見えてきて、そしてちょこっとだけ落胆した。‥いや、白布君も川西君も悪くないんだよ。でも今日はほら、バレンタインだからさ?

「‥あ」
「なんだよ」
「そういや俺監督に職員室寄れって言われてたんだった‥」
「あー今日酷かったよな太一。特に最後、超ダッセースパイクしやがって」
「うっせ!つーわけで先帰ってろよ、俺殴られてくるわ」

会話の内容をぼんやり聞きながらガッツポーズ。そして同時に今日調子が悪かったんだって少し心配になった。勉強はそこまでだけど、バレーの試合を応援しに行った時は色んなポジションをそつなくこなしているような感じだったから、まさか監督さんに殴られるかもしれないほどのミスを連発していたとは。背中を丸くしてとぼとぼと歩いて行く姿は、なんとも頼りない姿だ。‥うーん、中々にレア。

白布君が通り過ぎるのを確認すると、私はとぼとぼと彼が職員室まで歩いて行くのを見て、そっと足を忍ばせて歩いた。渡すなら怒られた後の方がいいよね。私のチョコなんかで元気になるかは微妙だけど、‥女の子に貰えて嬉しくない男の子はいない!‥と思ってる。

「あ、」
「川西先輩!」

一歩、また一歩。声をかけるタイミングを見計らっていた瞬間に、前方から割り込んできたのはくるくるふわふわに髪の毛を巻いた可愛い女の子。え、いやいや。私が先だって言う前に見えた真っ白の小さな紙袋に、喉が引き攣った。待てよ、あの子見たことある‥1年生の間ですっごい可愛い子がいるとかいないとか聞いた。多分その子だ。‥いやちょっと待って、1年生のカワイコちゃんと仲良いとか知らなかったんだけど川西君!

「おー、安藤じゃん、何やってんの?」
「チョコ持ってくるって言ったじゃないですか!五色君に待ち合わせ場所伝えたのに先輩いないんですもん」
「なんだそれ?聞いてねえけど」
「もー、五色君のばかー!」

2人の雰囲気、やばい。ゴシキクンのばか!と言う女の子の頬っぺたはほんのりピンクで、まあそりゃあ川西君だって満更でもないのは分かる。だけど、こんな悲しいことってあるの?私の作ったチョコレートの出番は?はは、なんていつもの調子で笑って隣同士で歩いていく姿はお似合いで、とても悔しくてつまらない。

「はい、どうぞー」
「おーサンキュー。わりーな」
「ふふふ、愛こもってますからね!」
「冗談ヘタか」
「別に冗談じゃないんですけど!」

目の前の現実見てるのしんどい。手に持っていた袋の中身からパキンと音がした。‥あ、これ割れた。割れたわ。ナッツチョコレート。まるで私の心みたいで、じわじわと目の前が揺れて止まらない。どうしよう、帰りたい、帰ろう、足動け。そう思っても中々動かなくて、ずっと幸せそうに笑う2人から目が離せなかった。こんなの危ないストーカーだってことは分かってるのに見てることしかできないなんて。

「ふふー、で、先輩はどうでした?」
「ひッ」
「はあー‥」

川西君の腕にくるりと腕を回す姿に僅かながら声が出たが、慌てて口を塞いで、ついでに川西君の溜息で掻き消された。ああ、ついてない。せめて普通に振られればよかったのに、玉砕する前から玉砕?この気持ちは一体どこに置いてくればいいの?もういいから早く監督の所に行って怒られればいいのに!もうやだ、あの女の子きらい!

「貰えなかったよ。なんもなかったわ」
「はー?先輩それはないですー、人には頑張れよとか言っといてなんなんですか?」
「チョコ貰うのに頑張るってなんだよ、つーか何を頑張れと」
「お前のチョコ待ってるからな!って」
「虚しすぎんだっつの。あー、いいから腕離せ」

‥。‥あれ。あれ?なんか、違う。会話の内容がなんだかおかしいぞ?だって、私が考えていたのは女の子が川西君を好きで、川西君も満更じゃなくて、目の前でのハッピーエンドを終えようとしていた2人。‥だったような気が。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、ぱらりと一雫溢れた涙が床に落ちて終わる。人には頑張れよ。川西君が、女の子に頑張れよって?じゃあ、そのチョコはなんなの。お前のチョコ待ってるからな!って、て。‥なんなの?

「苗字といい感じとか思ってたの俺だけだったわ」

ばくん。爆発したみたいに大きな音が廊下中に響いた気がした。今。‥今苗字って言った?言った。私の苗字だよね?慌てて自分の制服の名前を何度も確認して、そうしていっぱい息を吸って吐く。‥でも1人や2人同じ苗字の人なんているだろうし、もしかしたら違う人かもしれない。‥でも違う人じゃなくて本当に私だったら?

「あ」
「あ?」
「あ!川西先輩!私用事思い出しました!」
「勝手か」
「川西先輩は向こうから帰ってください!」
「いや俺職員室に用事‥」
「後悔したくなかったら向こうから帰ってください!」
「‥おわ!?な、!?」

やば!女の子と目が合っちゃった!ひいっと肩を震わせていると、にぱっと笑った女の子が川西君の背中を押す。ぎょっとした顔で私を見て、ぱくぱくと口を開いて閉じる彼はよく分からない言葉を並べながら約5m先で途端に動きが止まった。

「なんっでいんだよ!」
「えあ、へ、あぁ‥」
「安藤お前なんか仕組んだ!?」
「人聞き悪い!じゃあ五色君から連絡きたので私はお先に失礼しますね〜」

人の良い笑顔を浮かべてさっさと向こう側へと消えて言った女の子に、なんとなく全部察して、そして確信した。‥やっぱ川西君が言ってた苗字って私。‥私だったんだ。安心してしまうと同時に、つい乾いた筈の涙がぼろぼろと頬っぺたを濡らす。ぱたりぱたりと床に染みを作っていくのを見ていると、ばたばたとこちらに近付いてくる音がした。

「は!?ちょ、なんだよ、」
「よ、っよかったぁ"〜‥!」
「なに、ごめん、いやなんで俺謝ってんの‥?」
「川西君、あの子と付き合うかと、っおもっ‥」
「は‥いやそれはねえわ。あいつ五色と付き合ってるし」
「だって、すっごい可愛かったじゃん‥!」
「いやお前の方が可愛くね?‥あ」

げ。やべ。みたいな顔しないでくださいよ。普通にするりと出た言葉に対してなのか、カーッと真っ赤になる彼の顔。誤魔化したいのか制服のジャケットの袖でごしごしと涙を拭われて。‥あの、無遠慮に拭かれると赤くなっちゃうんですけど。痛い、‥さっきは心まで全部痛かったのに。

「‥お前今日ずっと普通だったろ。結構凹んでたんだぞ」
「タイミング‥大事だもん‥」
「じゃあ今がそのタイミングな」

多分、貰っていいんだ、よな?少しだけ不安そうな川西君は、何度も何度も袖で私の涙を拭いながら、ちらりと私の持っていた袋に視線を向けている。いやでも渡す前に一言あってね、あのね。ぐしゅぐしゅになった顔でこっそり様子を伺いながらもごもごと口を開く。

「‥好き」
「‥ごめん、聞こえね」

ぽそり。耳元で囁いた声は、好きってもう1回言ってって嬉しそうに笑っている。擽ったいのと恥ずかしいのとでわけが分からなくなりそうだったけど、頼む、もう1回、とか。私も聞きたいんだけど。分かってる、もう1回。だから。‥そんな押し問答を繰り返して、折れた彼が息を吹きかけるみたいに零した好きは、驚くほど熱っぽかった。

2018.02.24