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いや、分かってた分かってた。ホワイトデー如きのことで部活が休みになるはずなんてないことくらい。けど、やっぱりちょっとだけ期待してしまうのはしょうがないのだ。だって京治君、バレンタインの時に言ったもん。期待しててって。

「あーもーつまんない!」
「ナマエがむかつく」
「それ、ほんとそれ」
「リア充につまんないって言われたらうちらなんなの」

げっ。彼氏いない歴=年齢の方々が怒ってらっしゃる。私のあげたマシュマロチョコチップクッキーを頬張りながら、散々と私に暴言を吐く友達数名は、片想いしていたり、そもそも好きな人すらいなかったりと様々だ。ごめん、ごめんって。平謝りのような私の言葉に、彼女達は冷めた目で私を見つめている。おおこわ。その顔は仲良すぎるからできることだよね。知ってる知ってる。

「彼氏が赤葦君だよ?外見イケメン中身は謎に包まれたちょっぴりシャイボーイ」
「京治君シャイかな?」
「イメージの話、イメージの」
「たまに大笑いしてるのみると、どっかぶっ壊れたのかと思うよね〜それがまた可愛い」
「あーそれ分かる!」
「申し訳ない私の彼氏なんですう」
「うるさい黙ってなリア充」

ほんとに酷いな。彼女の私を差し置いて、私の彼氏の話を延々と続ける友人達は、京治君が彼氏であることを本当に羨ましく思っているらしい。そうでしょうそうでしょう。ちょっと複雑な心はあるにしろ、彼氏が良い男だと言われることが嬉しくない訳がなくて、勝手に頬っぺたが崩れてしまう。ついにやにやしてしまうとでこぴんが飛んでくるかもしれないから我慢した。

なんだかんだ友人達は、私が京治君を待っているとそれに付き合ってくれるし、彼が終わって迎えにきてくれれば颯爽と解散してくれる。なんて出来た友人達なんだろうか。‥と、思っているのは内緒だ。そうして今日も部活に勤しむ京治君を待っている。頼まれたわけじゃなくて、勝手に。だって何も言われなかったんだもん。何度も言うけど、今日期待してたんだから!

「彼氏欲しいよね〜」
「ナマエと赤葦君ってどっちからだっけ?」
「京治君だよ。部活の帰り際で」
「そういやなんか付き合う前から割と一緒に帰ってたよね」
「両片想いだったみたいでさ。私も待ち伏せしてた」
「語尾に“かっこわらい“が見えるんだけど」
「あー聞かなきゃよかったーあーー」

そういえばそっちだってどうなのよー、と、話題はするりと変わっていった。今日くらい早く上がらせてくれたりしないかなあ。真面目に大好きなバレーボールをしている彼等には失礼だけど。そうして駄弁り続けること2時間か3時間か、恐らくそれくらいが経って、ぞろぞろと体育館の中から人が出てくる音が聞こえた。じゃあ私達も帰るかーって、空気を読むみたいに散っていく友人達。‥の、向こう側から見えた、少ししっとりした髪の毛をふわふわと揺らす男。思わず手を振ると、控えめに京治君も手を振り返してれた。

「なにやってんの?連絡ないから帰ったかと思ってた」
「京治君から連絡くるの待ってたんだけどね。なかったからそのまま待ってた」
「もしかしてホワイトデー?」
「ですよ」
「あ、ごめん、今は持ってないよ」
「はっ、」

え、嘘だ。ていうか、そのセリフなんか聞いたことあるんだけど。

「ぶは!」

ぽかんとしていると、数秒後に我慢できなくなった赤葦君の口から思い切り吹き出した音が聞こえて驚いた。な、なんで笑ってんの、‥私、これでもかなり期待してたんだよほんとに!!

「ナマエ、このやり取りの続き覚えてない?」
「‥え、なに?どゆこと?」
「覚えてないんだ?」
「京治君がおかしい‥」
「おかしくないよ。俺も同じこと仕返したかったんだよね」

さっぱり意味が分かんなくて首を傾げると、徐に引っ張り上げられた顎。ぐきってなんか変な音が鳴った気がしたけど、そんなことなんて気にならない。遠くの方でまだ京治君のチームメイトがいたような気がする。かさついているのか湿っているのか分からない少し薄い唇が躊躇なく触れ合ったことに気付いたのは、やっぱり後ろから「赤葦やるうー!」って聞こえてからだ。

「ぶ、っ‥ちょお、」
「‥甘い?」

舌がぺたりと合わさって、ころんと口の中に何かが転がる。そうすると、しゅわしゅわと甘くはじけるサイダー味が口の中で広がった。‥って、これ私がバレンタインでやったやつ!

「やられっぱなしは好きじゃないから」
「バレンタインの時もやり返された覚えありますけど!」
「2倍返し派」
「それは知らなかったです!」

またおかしそうに笑った京治君は、ごめんそれより、と一言、小さい筒状のプラスチックを取り出した。本物はこっちだよって、ぽんと私の掌に乗せる。中にはきらきら光っている金平糖みたいなものが入っていて、とっても綺麗で可愛らしくて、ついついと声が出た。

「ホワイトデー!」
「ちゃんとあるよ。さっきのはほんとに仕返し」
「何回も言わなくていいから!これすごいね、宝石みたい」
「和菓子だって」
「へえー‥」
「来年こそは頑張ってよ」
「げ」
「‥本当に楽しみにしてたんだから」

つん。ちょっぴり怒っていたけど、耳を赤くした京治君はとても可愛くて愛おしい。来年こそはちゃんと作るねって小指を立てたら、作ってこなかったら罰ゲーム決行するからって指切りげんまんされた。良い笑顔するなあ。‥一体どんな罰ゲームする気だ。来年は忘れたって、嘘ついてみようかな。

2018.03.25