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私は性別上女だ。‥だけど、バレンタインデーでは必ずそこらの男子よりもチョコレートを貰う。しかも、私の人生において今までチョコレートを貰わなかった試しがない。今年も相変わらずと後輩やクラスメイト、下手したら先輩にまではいどうぞと渡されていた。きらきらした可愛い飴玉を口に入れたまま今年はなんだか豊作だなあと他人事のように思っていたら、紙袋から小さな箱がころんと転がっていく。ああ、今年は全部で何個だろうかと数えるのがバレンタインデーの楽しみだ。

「あ」

ころん。ことん。転がっていった小さな箱は、前から歩いてきた人物の上履きで止まって静かに静止した。ごめん、落ちちゃって。そうしてふと顔を上げると、白い紙袋いっぱいにカラフルな袋やなにやらを詰めた、‥‥彼氏だ。

「あれ、京治君?」
「‥またたくさん貰ってるし」
「京治君も大漁だね」
「ナマエには勝てそうにないけど‥」

なにそのおかしい量。なんとも言えない微妙な表情をした京治君は、私の持っていたピンクの紙袋を見て溜息を吐いた。おかしい量はお互い様だ、‥と言いたい所だが、目視でも分かる。私の方が多い。まあ私は女だし、女の子からしたら男より断然渡しやすいはずだ。だから京治君のそれに関しては私なんかよりもっと凄いと思うよ。うん。

「高そ。これこないだテレビでやってたお店のパッケージだ」
「興味ない」
「折角貰ったのにヒドイね〜」
「俺は1つだけで充分」
「あ。ごめん、今は持ってないよ?」
「え?なんで?」
「案の定失敗しまして」
「‥」

料理とかにお菓子作りとか、そういうのが得意じゃない私も今年こそと頑張って生チョコを作ってみたのだ。‥だがどこでどう間違えたのかは分からないが、今日の朝冷蔵庫を開けて悲鳴をあげた。なんだか見た目がおかしいぞ。そうして容器を傾けてみると、やっぱりどろりと液体が容器の中を流れたのだ。

「それ去年も言ってなかったっけ」
「やっぱさあ、私お菓子作り向いてないと思うんだ」
「向いてるとか向いてないとかそうじゃなくて。‥俺、1回くらいナマエの手作り欲しいんだけど」
「今年は勘弁してください!」
「それも去年言ってたけど」

はあ。大きな息を吐く音が聞こえて、私はうぐぐと声がくぐもった。確かに去年言った。‥言ったんだけど!努力はしたということだけでも分かってほしい。しょうがないじゃん、あんな得体のしれないものを京治君にあげられるわけがないし。彼女として恥じゃん?心の中で言い訳をずっと並べていると、口の中で甘く溶けていた飴玉が小さくなっていく。

「‥じゃあ今日は何もくれないんだ」
「ご‥ごめんって。後日奮発したチョコレート持ってくるから」
「楽しみにしてたのに」

うわ、拗ねちゃった。‥そんな顔されてもないものはないんだから仕方ないでしょうが。それでも悪いことをしてしまったなあと申し訳ない気持ちになってポケットや鞄の中を探ってみた。流石に人から貰ったものをあげることは最低だからしないけど。‥そう思っていたら、ぴんと閃いてしまったのだ。

「京治君」
「なに」
「あげられるもの今どうしてもないから、これで許して?」

逃げられないようにぐいっと袖を引っ張ると、驚いた彼の顔を一瞬だけ映して瞼を下ろした。人から貰ったものだけど、これなら私からってことにはなる、‥よね?少しだけかさついた唇に自分のそれを押し当てて、薄く開いていた唇から舌と飴を捩じ込んだ。途中で鼻から抜けたような京治君の声が聞こえてどきどきしたのは、彼には言わないでおこう。

掴んでいた袖を離して自分の指と彼の指を絡めてみると、反対側の空いていた彼の腕が私の腰に触れた感覚がした。ここが学校なのも忘れて、飴玉を押し込んだ後にぬるりと舌を追いかけてみる。‥いつもは京治君からしてくれるからいいかと思ったら、まさか私がそんなこもをするなんて思わなかったのか慌てて顔を離されて、そうして目が点になっているのが分かった。‥ぶふ、なにそれ、可愛い反応しないで。

「ちょ、‥なにする、」
「京治君だってするじゃん、何を今更」
「こんな所で誘惑してくるなって言ってるんだけど、」
「誘惑じゃないよ、私の飴玉あげただけだよ」
「だったら普通にくれればいいだろ」
「普通にあげても意味無いと思って。一応それ人から貰ったやつだし」

もうきっと誰も通らない廊下の端っこでくすくす笑っていると、京治君の顔がむかっとしたらしいのが分かった。なんで怒るの、顔がほかほかしてるの丸わかりなんだから素直に喜べばいいのに、なんて思っていたら、徐に両頬をべちりと挟まれた。そうして逆に、強めに押し付けられた唇と濡れた舌。お互いの舌を行き来する飴玉は京治君の歯で音を立てて砕かれて、2人の唾液に溶けて散らばっていく。

「っふ、うぅ、」
「‥主導権握らせるとでも思った?」

乱れる思考と息遣い。ぼんやりとする視界の向こう側で怪しく笑った彼に見惚れてしまう。ちょっと揶揄いすぎたかもしれない、なんて思っても既に遅いんだろう。ホワイトデー期待してていいからね、なんて楽しそうに口を孤にさせた彼は、甘くなった舌を出して自分の唇を舐めた。一応だけど、私が貰った飴なので、ホワイトデーであんまり過度なお気遣いはしないでほしい。ああ‥口移しなんてしなきゃよかった。

2018.02.19