▼▽▼


どきどきしていた。これ以上ないくらいに心臓が活発に跳ねている。というより跳ねすぎている。彼を呼んだのは私なのに、あと1歩の所で学生鞄から引っ張り出そうとしたそれはまるで鉛のように重かった。‥リボンの色が青いのが友チョコで、赤いのが本命だったはずだ。まさか私、青いリボンに混じって渡しちゃったとかそんな感じ?凡ミス、というかミス、多大なるミス。鞄の中のそれは、確かに青いリボンがついていた。

「ナマエちゃん、‥どうしたの?」

いつまで経っても微動だにしない私を心配して、目の前の東峰君が声をかけてきた。本命チョコだけ頑張って手作りをしてきたというのに、だからリボンの色だって分けたというのに、全く意味がないじゃないか!青いリボンの中身は100円もしない駄菓子屋の安いチョコセット。‥そんなの東峰君に渡せる訳ない。

「あ、あず、まね、くん、」
「な、なに?」

バレンタインデーの当日にここまで呼び出されて、チョコレートだろうっていう想像はきっとついているだろう。告白だってする気は満々だったのに、安いチョコセット片手に好きですなんて言えると思うだろうか。全日本の女子から首を横にふられて「無い」と答えられる自信しかない。若干緊張気味の彼の姿にもっと申し訳なくなって、サアッと顔から血の気が引いて、全身がひんやりと冷えていくのが分かった。

「やっぱ、り、なんでも、ない‥」
「え」

やっぱりこんなの渡せるわけがない。音を立てないように鞄の中のそれを底に置きっ放しにして私は緩々と首を横に振って苦笑い。そうして見た瞬間の東峰君の顔と言ったら、呆気に取られたような、な、なんで?とでも言いたそうな困惑したなんとも言えない表情で固まっている。‥周りからはそろそろくっつくんじゃない?なんて噂がちらほらとたっていた程だ。だけどこんなの、‥こんなのってあんまりじゃないか。乙女のバレンタインデーをなんだと思っているのだ、私は。

「呼び止めてごめん、部活頑張ってね」
「ちょ、ちょっと待って」
「ひっ‥」
「期待、してきたのに、‥俺には何もないの‥?」

まさか腕を掴まれるなんて思っていなくて、ぐんと背中が後ろに倒れそうになってなんとか踏み止まった。俺には何もないの、‥とは。そしてはたと気付く。私、クラスの何人かには配っていたから、もしかしたらそれを見てた‥?何もないの?なんて泣きそうな子犬みたいな声にちらりと後ろを振り向いた。そ‥そんな泣きそうな顔しないでよ‥。こんなの、東峰君に渡せる訳ないじゃん‥。

「‥‥コ、」
「?」
「東峰君のチョコ。間違えて誰かに渡しちゃった‥」
「へ?」
「東峰君のは特別だったから、赤いリボンつけて。‥頑張って作ったのに」
「特別ってなんで、」
「特別だよ!好きなんだもん!」

リボンの色が違うことも、間違えて渡してしまったことも、東峰君が好きだと言うことも。全部全部愚痴のように曝け出すなんて、なんて可愛くない女の子なんだろう。はふ、と溜息をついて、ほらなんて半ばヤケクソになりながら鉛のように重い駄菓子屋のチョコを取り出した。中身だって市販のチロルチョコなんかじゃなくて、ココアパウダーのかかった綺麗な丸いトリュフだったんだよ。‥今言ったってもう遅いけどさ。

「‥俺、ナマエちゃんがくれるならなんでもよかった」
「な、なんでもって言わないでよ、私凄い真剣に、」
「でも好きとか特別だって言われるなんて思わなかったからさ。‥うわ、なんか、」

青いリボンの包みをそっと私の手から抜いた東峰君は、赤くなった顔を片手で隠して口を閉じた。‥ロマンチックな雰囲気でもなかった筈なのに、急に恥ずかしくなってきて私も俯いて顔を隠す。‥全てにおいて計画通りにはいかなかったけれど、もしかしてもしかすると結果オーライ、的な?

「部活終わるの待っててもいい‥?」
「うん」
「手、繋いで、‥一緒に帰りたい、」
「待った、その前に俺も」
「私東峰君のこと大好き」
「‥俺はその倍好き」

なにそれ卑怯。恥ずかしそうな顔を覗かせて幸せそうに笑う東峰君は、照れ臭そうに口元を掻いて私の頭を数回撫でる。顔がふにゃふにゃに崩れていそうな気がしたけれど、東峰君も同じくらいふにゃふにゃになっているから多分お互い様かもしれない。全身が熱くなってるの、‥気付かれないといいんだけど。

2018.02.15