侑さんと治さんと仮バンドを組んでみて早2週間。双子の彼等は喧嘩もいがみ合いも多いけど、結果より良い音になっていた。自分で作ったものに、2人がさらに肉付けした音源を聴いてみてつい顔がにやけてしまう。テンション上がりすぎて、「知り合いのブッキングマネージャーに聴いてもらお!」ってばたばたスタジオから出て行ったのが一昨日。‥特に連絡はない。

「あ‥。あれ」

今日の路上に選んだ先は、前にも来た東京の海が見える場所。ここは音が良く広がって、いつもよりも歌が上手くなったような気になるから。といっても来たのは2回目だけども。そうして、以前と同じ所へギターを置いて、ぱっと顔を向けた先。奥の方で柔軟をしていた黒いジャージの男の人が、じっとこっちを見ていることに気付いた。な、なんで見てるの‥?そうしてふと思い出す。影山君から借りた、ジャージの上着のことを。

「‥苗字さん!」

‥って、いやいや、なんでわざわざこっちに向かって走ってくる。そのままどうしていいか分からないでいると、目の前でぴたりと止まった彼は90度に頭を下げた。頭を下げるスピードが速すぎて突風が吹く。しまったなあ、今日影山君のジャージ、持ってきてないや‥。

「お久しぶりっす、またここでやるんすか」
「ぇあ、はい‥」
「始まるまであとどのくらいですか」
「ええ‥と、20分くらい‥?」
「あと10分足してください。俺全速力で走ってきます」
「は、」

ジャッとジャージのファスナーを閉めて、私の返事を聞く間も無く走り去って行く。‥って、ちょっと待ってちょっと待って!何故!君に時間を合わせないといけないのか!いや別にきっかりこの時間に始めます!という告知なんて全くしてないんだけど。‥してないんだけど、さあ‥。












穴が空く。その表現がまさに正しい。歌ってる間、物凄い視線を感じていた。外で歌っているのだから、視線なんてどれだけでも浴びるけど、なんか今日は違う。視線が突き刺さっていて、ちょっと痛い。目の前でパシャパシャと写真を撮っている人よりも、私に向けて指を差している人よりも、その奥で静かにじっとこっちを見る目の方がよっぽど強い。この間は全く気にならなかったのに、‥なんか冷汗出てきそう。

歌い終えて、集まってきた人達がCDを買ってくれて、数10分後には影山君以外誰もいなくなってしまった。彼の言う通りに30分かけて準備をしたら、本当に30分後に戻ってきた影山君。凄く汗だくで、膝に手を置いて息を整えていたのを今でも思い出す。なんでそこまでして、と考えたら、なんだか嬉しくなってしまったのは内緒にしておこう。

「‥金持ってねえ」
「え、‥ああ、路上の時はいつでも持ってますから」

突然近付いてきて、ポケットをゴソゴソし始めたと思ったら、つんと唇を尖らせてそう言った。こんなに音楽に興味なさそうな感じしてるのに、人とは分からないものだ。ぐぬんと歪んだ口がなんだか可愛くて、つい笑ってしまいそうになった。

「なんか俺、可笑しいですか?」
「可笑しくないです、ただ、なんとなくバレーボールしか興味なさそうな感じだったし、なんでわざわざ走った後に戻ってきてくれたのかなあと」
「聴きたかったからです、‥っていうより、」
「ていうより?」
「ちゃんと逢いたかったから」

ぶわ。大きく風が吹いて、彼の綺麗な黒髪がざわざわと揺れた。‥聴きたかったからと、逢いたかったからって、意味が全然違うことにこの人は気付いているのかな。冷たい風が私の体を揺らしたのに、ちっとも寒くなくて、むしろ胸の奥がじわじわと熱くなってくる。またまた冗談ばっかり〜って言うことなんて簡単なのに、影山君の顔付きがそうさせてくれない。本気なんだって、思ってしまう。

いやちょっと待て、でも逢いたかったという意味にはそういう意味深的な内容はきっと含まれていない、だってもしかしたら「ちょっとおしゃべりしたかっただけ」とか「歌って楽しいのか聞きたかっただけ」とかそういう他愛ないことだけかもしれないし!!

「苗字さん、今から時間ありますか」
「えっあっ、えっ」
「なんか飯食いに行きません?あ、いや、その前に金持ってきます」
「まっ、て待って!!」
「嫌ですか、」
「いっ‥やじゃないです、けど‥!」
「じゃあすぐ戻るんで」

ばたばたと走って行ってしまった彼の足には追いつける気がしない。楽器もマイクもアンプもそのままにはできない。どうするのが一番正しいのかと聞かれても、やっぱりここに佇む選択しかなくて。とにかく今やれることは、楽器を片付けることと、ほかほかと熱くなった頬っぺたを冷ますこと、だけ。

2018.04.21