男は葛藤する

「…」

なんということだ。お風呂から上がってきてみれば俺の寝るはずだったソファで可愛い寝息を立てるウミの姿があった。肩に乗せていたタオルで頭を拭きながら、ビシッと固まった俺の目の前に映る生物に深く溜息を吐く。いや、まあ、俺昨日勝手にベッド使わせたよーなもんだからね。ベッド使っていいって一言も言ってなかった…けどさ…

「ウミちゃーん起きてー。おーーい」

1m程離れて名前を呼んでみるものの起きる気配はない。あのウミがこんなに無防備に寝ているということは、ここがそれだけ安心できる場所だということだと思う。それはそれで嬉しい。だが今は喜んでいる状況ではない。いや本音を言えば喜ぶ状況かもしれないけども。

ベッドまで運ぶしかないか…。そう観念してウミの側まで足を運ぶ。ふわりとした俺の風呂場にある石鹸の香りとウミの香りに、ドクンと心臓が鳴る。ガキじゃないんだから落ち着きなさいよと沈めてみても治まりはしない。だってどうやって平常心保ったらいいのよ、好きな女の子が女になって帰ってきてそれが自分家に居候しまーす、なんてことになって平常心でいられる男がこの世にいるわけ?

そのままお姫様抱っこで抱き上げる。思ったよりもさらに軽く感じる身体、柔らかい感触。少しでも気を抜いてしまえばそのまま美味しく頂いてしまいそうだ。ふわりとベッドに下ろすと、額に張り付く乾きかけの前髪に手をかけた。いけないことだと思いながらも、自分の口布に手をかけて唇を下ろす。

「これくらいは許してよね‥」

言い訳じみた言葉を呟いて、額にそれを押し当てる。唇が離れた所で一瞬ごそっと身じろいだことに驚いたが、ウミが目を覚ますことはなかった。良かった。多分バレてたら強度最強のグーで殴られてる。

「…さて、俺も寝ますか……っ」

少し名残惜しいけど…と立ち上がってソファに戻ろうとした時、くんっと裾が引っ張られる感触。振り向くと、ウミの右手が俺の服の裾を掴んでいた。

ナニコレ、どういう状況?強めに引っ張ってみてもウミの手を離そうとしても、握られたまま離れることはない。何度も試したが結局俺は諦めてウミの眠るベッドに座り込んだ。この子は俺をどうしたいワケ?美味しいシチュエーションかもしれないけど本人寝てるからね?無意識だからね?!まだ2月。まだまだ冷える季節であるこの時期に、毛布も被らないで一夜を過ごすのは任務の時だけでありたい。ちらりとベッドを見てごくりと喉を鳴らした後、俺はウミの横に体を潜り込ませることにした。

「‥明日布団買ってきてもらお‥」

目の前に映る人物を見ながら心に決めた。ついでに明日は俺の方が絶対早く起きて手をこじ開けて、ここから脱出しよう。それが一番いい。今できる最善策、うん、ベストだ!固い決心と共に俺は瞼を閉じた。








「ふああっ…」

全然眠れなかった…。トントンとリズミカルな包丁の音を台所に響かせているのは他でもない俺だ。結局寝付けず、なんとか裾から手を離させ布団を出たのが朝五時で、煩悩から気を紛らわせようと無駄に料理を仕込んでいる。味噌汁もダシからとって朝から豆腐ハンバーグ。今日は待機だからね…いいんだけどさ…

「…おはようございます」
「あれ、もう起きたの?」
「目が覚めてしまったので…朝ご飯すみません…何か手伝うことは…」
「ああ、いーよ。今はやりたい気分だから」

危ない危ない…早く布団から出れてよかった。内心ほっとしつつジュージューと音を立てるハンバーグに目を向けたまま冷静に声をかけた。

「ここはいいから顔洗っておいでよ」
「…私ソファで寝ていたと思うのですがどうして移動をさせたのですか」

ジュワッ!!

びくっとしてハンバーグを上から思いっきり押し付けてしまった。ああ、少ない肉汁が無駄に出た…というかソファで寝させられるわけないでしょーが。ハンバーグを裏返すと、びしっとフライ返しでウミを指した。

「女の子をソファで寝かせるなんてするわけないでしょーが。それと今日は布団一式買ってきて。お金後で渡すから」
「ソファでいいですよ私」
「俺が嫌なの」
「なんでですか」
「…ここの主は誰だっけ?」
「カカシ先輩です」
「じゃあ黙って俺の言うことを聞きなさい」
「……………はぁ、分かりました」

昨日から変な人だとごちているウミを横目に、ハンバーグを盛り付け大根おろしと大葉を添える。誰が変な人だと思いながら居間に向かっていると、朝からこんなに手の込んだ料理作る人いるんですねと言葉を零すウミに苦笑いした。

前途多難だ…。頂きます、と丁寧に両手を合わせる目の前の人物を見ながらテーブルに肩肘を尽き、俺は盛大な溜息を吐いた。

2014.02.19

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