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「及川さーん!」

キーンとする。耳が痛い。
今日も体育館の2階では、ここぞとばかりに可愛い女の子達が並んでいた。毎日毎日よくやるねと言いたいところだけど、そんなことを口から出してしまえば、私はきっと次の日からいじめの標的にされるであろう。だから絶対言わない。‥言わないけど、取り敢えずうるさい。

「ハーイ。今日も応援ありがとね〜」

この人もこの人である。そうやって返事を返すからこそたくさん寄ってくるというのに、馬鹿にも程があるのではないか。先輩だけど。にこにこヘラヘラして、部活中っていうのも分かっていないのかなとつい腹が立ってしまう。だからいつもそのキラキラスマイル目掛けてボールを投げるのだ。先輩だけどね!

「今日も一段と殺意が篭った一撃だな」
「苗字ちゃん手加減!手加減を知って!!」
「これでも手加減してます。というか今日のゲーム及川先輩のサーブ得点0ですよ、主将のくせに」
「うわお、よく見てるねえ‥」
「マネージャーですからねっ」

ぷい、と部活ノート片手にそっぽを向けば、いつものようにごめんごめんと軽い謝罪が飛んできて、ついでに柔らかい掌も降りてきた。いっつもそう。頭を撫でれば私の機嫌がなおると思ってるんだ。でもそれがあながち間違ってはいないから余計にムカつくというもので、そしてなんで間違っていないかと問われると、それはもうアレしかない。及川先輩のことが、「大」が付く程好きだから。‥だから私だけ特別な気になって機嫌が良くなるのだ。

かっこいい。イケメン。優しい。しかも男バレの主将。かつ強豪校。余すことなくモテる要素だけを詰め込んだこの人と私は、もう2年の付き合いである。もちろん付き合いというのは、先輩後輩、そして選手とマネージャーとしての付き合い、という意味だ。

青葉城西男子バレー部のマネージャーは私が初めてだけど、私は中学の時にマネージャーをしていたという経験があったので、募集していなかったその枠に入ることができた。だが強豪校というだけあって、やることも覚えることも中学の頃とは比べ物にならないくらい大変だったのも確か。だけど、「きついな」と思う前に必ず及川先輩は声をかけて助けてくれた思い出ばっかりが残っているのである。それを考えれば私が及川先輩のことを気にかけるようになって、好きになってしまうその流れは、至極当たり前のことなのだ。皆たくさん良くしてくれたけど、その頂点に立つのが彼だったのだから。

「矢巾なんか今日調子悪そうでしたね」
「まー不調ってやつじゃない?昨日は狂犬ちゃんとのセットよさそうだったけどね」
「喧嘩してましたよ」
「久しぶりに部活に顔出したかと思ったら一言も謝罪ないんだしそりゃ怒るでしょ。その辺我がマネージャーちゃんはどうなのさ」
「‥うーん。複雑ですけど、取り敢えず謝罪はほしいですね‥」
「まあ来年もあるんだからちゃんと仲良くやんなよ」

来年、かあ‥。先輩はそうやって簡単に「来年」っていうけど、私は「来年」なんてきてほしくない。だって、その時この場所に先輩はいないじゃないか。
卒業までまだ約半年程はあるけど、私にとっては「あと」約半年。それだけの月日が過ぎれば、成長したんだなと思えると同時に寂しくもなる。こんなにきゃあきゃあ騒がれている先輩が手を振っている所とか、岩泉先輩達にしばかれている所とか、そういうのを見れなくなると思うと、‥大好きな及川先輩の顔が毎日見れなくなるのかと思うと。

「どうしたの急に静かになっちゃって」
「あ‥いえ、なんでもないです‥」
「そう?」
「はい」
「どうせ来年って言ったって及川先輩はもういないんだよなあ〜。寂しい〜≠ニか考えてたんじゃないの〜?」
「はあ!?馬鹿じゃないですか、私とファンを一括りに同じにしないでくださいよ!」
「誰も一括りにはしてないでしょ」
「そうですか!」
「お前が俺のこと見てくれてるように、俺だってお前のことずっと見てんだからさあ」
「それはどうも!」

に、と笑った顔が向けられた瞬間、心臓が大きく音を立てた。その音が鳴ってすぐ先輩の目が大きく見開かれて、まさか今の聞こえた!?って驚いて一歩足を引いてしまう。そんなことあるはずないのに、目をかっ開いたままじっとこちらを見つめられるとなんだかとても居た堪れない。部活ノートを持った手に力が入って、多分紙がしわしわになっている気がした。

「‥いや待って。その反応はおかしい。そこは顔赤くするとこ」
「へっ?」
「へっ?じゃないよ、人の話ちゃんと聞いてた?‥え?もしかして聞いてなかったの!?」
「いや聞いてましたけど‥」
「クソ川うるせえぞ!!」
「岩ちゃんも空気読んで!いだっ!!」

ぼごん!私の何倍もの力で投げられたボールが、及川先輩の後頭部にぶつかった。いつもだったらぷんぷん怒るだけなのに、今日はどうやら虫の居所が悪かったらしい。私の隣から離れてずんずん岩泉先輩に大股で向かっていく姿、中々に見られないレアな風景である。

それにしても顔を赤くするとこ、って?なんで?顎に手を当てて、首を左に傾ける。私今及川先輩になんて言われたっけ?なんて、言われたんだっけ‥?

「‥告白じゃん」
「うわっ松川先輩いつの間に!」
「さっさと受け取ってやらないとあいつ面倒臭いから早くしてね」
「え。‥え?」
「もどかしいんだって君ら」

ぽかんと開いた私の唇を、松川先輩が親指と人差し指でむぎゅっと挟んだその時、「あー!」ってまた大きな声。及川先輩は今日も賑やかで煩くて、やっぱりチームの中心である。‥色んな意味で。

「まっつん!」
「ハイハイ」

怒ったような及川先輩の声に、彼はふっと笑ったまま肩をぽんと1つ叩いて隣から去ろうとしている。さっきからなんなんだ、3年生にしか分からない会話なら、私に話す必要なんてないのでは?

「もしかしてマネージャー気付いてないの?可哀想な及川」
「なんの話ですか、さっきから‥」
「及川もずっとお前のこと見てんだ≠チて。‥知ってた?」

はあ、それさっき聞いた。そしてはた、と気付く。
‥ちょっと待って、それってどうして?

ぶわあと頭の中が熱とお花畑でいっぱいになる。そしてまた、どんどん高鳴る心臓は暫く動きを止めてくれそうにない。実際のところは分かんないけど、高確率で両想いってことなのだろうか?でも、それを確かめる勇気なんて、まだ私には持ち合わせがないのである。

2019.04.24

あかり様リクエストで青城マネと及川徹の、両片思いのお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!