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風邪引いた。
‥いや私ではなくて、彼氏の方。白鳥沢の正セッターである、白布君の方だ。

「白布くーん、台所借りるねー?」

恐らく全く聞こえてはいないだろう。だけど、何もお腹に入れてあげないわけにもいかないから、コンビニで買ってきた簡単な総菜と、焼きうどんを調理することにした。調理とは言え温めるだけだったりと、手の込んだことはできない。ここで野菜を買って手作りのお粥でも作れば彼女としても非常に鼻高々なんだろうけど、生憎私にそんなスキルはないのだ。それに、包丁とかまな板とか、白布君の家の物を勝手に漁るわけにもいかなかった。

白布君が風邪を引くのはとても珍しい。彼はとても真面目だから、部活にも支障は出さないように日々健康にも気を使っているような人だ。まあでも、大体の理由は私にも心当たりがある。一昨日に突然雨が降ってきて、私に傘を貸してくれたから、濡れて帰ったんだろう。彼はそんなこと一言も言ってくれないから実際の所は分からないけど、白布君はそういう人だ。

今日は、白布君は部活をお休みして、私も彼の後ろをついていくように帰ってきた。白布君のお父さんもお母さんもいつも帰りが遅いから、私が甲斐甲斐しく看病してあげようと思っていたのに、彼はそれを拒んで譲らない。でも残念ながら私もそこは譲ることはできない。病人の癖に我儘言わないのって一言言ったら、的を得ていたのが少し悔しかったのか、だんまりになってしまったのだ。‥私、悪くないもん。だって心配じゃんか。

「白布君、開けるよー‥」
「あ‥?」
「ひゅわ、」

トレイの上にお水と焼きうどんと、さっぱりしたほうれん草の和え物。食べれるだけ食べてもらって、あとは薬を飲ませよう。階段を上がると、こんこんとドアを叩いてそっと開いたその先に、上半身裸でぼーっとする姿が見えて、慌てて扉を閉じそうになった。‥いやいや、ただ着替えてただけ、着替えてただけ。分かってるのにちょっと恥ずかしくなってしまうのは、まだまだ彼の裸には慣れてないだけだ。

「ご、ごめん急に開けて‥ご飯持ってきたから食べて」
「帰れっつったのに」

ちらりとこちらを見た後、ぼそ、と呟いた声に私はむかっとしてしまった。え、そんなこと言う?言っちゃう?帰れって言われて、私が帰るはずないじゃん。だって、一応これでも、貴方の彼女なんですよ?心配するに決まってるじゃないか。机の上に食事を置いて、ずいっと1歩近付いた。おでこも熱くてふらふらの癖に何強がっちゃってさ。こういうところ、白布君のちょっと嫌いなところだ。

「白布君が寝ちゃうまでは帰らないからね」
「気が散る。さっさと帰れ」
「だったら早く食べて薬飲んで寝てよ。じゃないと帰らない!」
「うるせえ頭に響く」

元々愛情表現は苦手な人だ。その不器用さも好きだけど、流石にそんな言い方しなくても。

‥だって、普段はずっと部活で忙しいじゃんか。会う暇も、遊ぶ暇もないくらいバレー漬けになって、偶に私のことなんて忘れてるんじゃないかって不安になることもある。肌を合わせて嬉しい言葉をかけてくれたのも、片手の指で足りるくらい。もうすぐ付き合って2年。‥でも、私は正直全然足りない。白布君の気持ち、全然足りてない。

「‥うま」
「えっほんと?」
「‥‥だから、早く帰れって」
「‥なんで、そんなに嫌なの?」
「嫌とかじゃねえだろ‥」
「じゃあいいじゃん」
「良くねえよ。お前にまでうつったらどーすんだ」

口が悪い故に、彼の思いに気付くのも遅くなる。‥そんなこと分かっていた。だけど、やっと白布君の懸念していたことが理解できたらなんだか安心できた。なるほど、私にうつるのを危惧していたってことか。だったら最初からそう言ってくれればよかったのにってほっと息を吐く。なのに周りに渦巻く負のオーラみたいなのは全く変わってなくて、つい私は食べ終わった器を奪い取って、綺麗な形をした唇へと自分の唇を寄せた。うつせるもんならうつしてみなさいよ。絶対うつんないから、大丈夫だよ。そんな意味を込めて。

「、お まえな、」
「あのね、私だって寂しいんだよ。‥こういう時くらい、一緒にいさせてくれたっていいじゃんか‥」

たまには甘やかしてほしいのに、たまには抱きしめて愛の言葉くらい囁いてほしいのに、中々そう上手くはいかないのが彼なのだ。それを「うん分かったよ」って言うことができるまで、私にはまだまだ時間がかかるのだ。

「‥悪い」
「いいもん、やっぱもう帰る」
「帰んな」
「さっきと言ってること違うんだけど」
「帰んな」
「もう、だから、」
「泊まってけ」
「はい?」
「親に泊まるって電話しろ」
「そ、それはさすがに無理、」
「行くな」
「ちょ‥白布君、」
「‥これで満足かよ」

熱のせいなのかなんなのか、耳も頬っぺたもさっきよりも随分真っ赤にさせたまま言い切ると、そのまま布団の中に潜り込んでしまった。何今の、‥何今の。白布君、めちゃくちゃ照れてなかった?なんだか現実味がなくて慌てて布団を捲りあげると、「寒ぃからやめろ」と言いながら腕を引っ張られて、そのまま真っ白な布団の上に覆いかぶさってしまった。

「急に引っ張らないでよ‥!」
「満足いかねーならこのまま襲うぞ、このバカ」
「おっ‥襲えるものならどうぞ‥」

尻すぼみになった私の声に笑い声を上げて、「治ったらな」って一言だけ告げた。

え、治ったら、そういうことになるってこと?

ぼぼぼっと今度は自分の顔が熱くなって、不敵に笑う白布君の顔が見れなくなった。

「お前今の言葉忘れんなよ」

どうやら、私は白布君を変に焚き付けしてしまったらしい。そういえば彼は静かに熱を燃やすタイプの人だった。腰を撫でる手が少し厭らしいのは私の勘違いだと思いたい。‥いや、やっぱり勘違いじゃなくていいや。元気になったら、我儘言って、目一杯愛してもらおうかな。

2019.03.23

こっこ様リクエストで白布賢二郎の看病をするお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!