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結婚って、まだまだ先なんだろうと思ってた。

小学生の頃の夢は、テレビに出てる可愛いアイドルの女の子みたいになりたい。中学生の頃からは、30過ぎてもバリバリキャリアウーマンとして働いて、お金稼いで着飾って、超お金持ちの男を捕まえて玉の輿になって、そのままゴールインする!という考えに至っていた。子供は女の子と男の子の2人で、姉弟が願望。専業主婦として旦那様を迎える幸せな家庭を作る。みたいな。

「私まだ20歳だよ」
「急にどした?」

真っ赤なスープの中に潜む麺をずるずると啜った孝支が、首を傾げて私を見た。そんな彼の左手薬指には、今日で役目を終える綺麗な指輪が光っている。そして、私の左手薬指にも全く同じ形をした、彼のものより一回り小さい指輪が光っていた。

「こんなに早く結婚するなんて思ってなかったから」

ぽとんと口に出た言葉は、思っていたよりも後ろめたく聞こえたらしい。麺がスープの中に戻っていくのを眺めていると、ひゅうっと息を吸った音がした。

「‥え、なに、マリッジブルー的な‥?」
「ううん、違うよ。今更吃驚してるだけ」

だって、昔の話聞いたら孝支笑っちゃうかもよ?もう全然、思い描いていたものと違うからさあ。好きだった可愛いアイドルの顔を思い出して、つい苦笑してしまった。当の私と言えば、高校をついこの間卒業して、某アパレルショップでのんびり働いているのだから。バリバリキャリアウーマンとか、一体誰が言ってるんだよっていう。

孝支とは烏野高校に入学してから初めて知り合って、付き合い始めたのは2年生の半ばからだ。以降周りから羨ましがられる程に物凄く仲が良かった自負があるし、喧嘩なんて全くしたことがない。彼はとても優しくて、偶に急に男らしくて、甘えたで甘えさせ上手で。現在大手のスポーツメーカーで働いている孝支は、1週間に1度地元のバレーチームで練習したり、試合をしたりしている。

「‥後悔してんの?」
「全ッ然してない」
「じゃあなんでそんなに難しい顔してんだべ‥」
「孝支こそ私でよかった?」

からころとコップの中に入った氷をくるくると回した。だって、私は孝支みたいに稼いでる訳じゃないし、昔憧れたアイドルになんて遠く及ばない。その点彼は、高校の時から人気があったし、入っていたバレー部は春高に行ったし。スタメンではないけど、彼は確かに事あるごとに活躍してた。なにより空気は読めるのに、年相応に無邪気で可愛い所があったから、女子も男子も放っておける訳がなかったんだと思う。

「俺はナマエしか考えてなかったけどな」

にひひと笑って、コップをくるくると回す私の手をそっと掴んだ孝支は、そのまま自分の口元に近付けた。婚約指輪にそっとキスするみたいに触れて、なんだか王子様みたいだなあとぼんやり考えていたが、そういえば今私は何をされたのかと考えると、頭の上から一気にぼんっと火を噴いた。

「孝支‥恥ずかしくないの‥」
「なんで?ここ俺等の家じゃん」
「いや‥そうなんだけどさ‥そんな王子様みたいな‥」
「まあ結果俺は王子様だべ?」
「へ?」
「ナマエの王子様。‥とか」

自分で言って恥ずかしかったのか、目の前の真っ赤なスープみたいに真っ赤になった顔をすっと隠して、弱々しい声で唸る。いやいや、そこは最後まで堂々としてようよ。馬鹿なの?いや私より成績は断然良かったけど。

「‥じゃあ私はお姫様だ」
「だべ‥お姫様‥‥‥ぶふッ」
「なんで笑った」
「お姫様って王子様よりも恥ずかしい気がする‥」
「煩いよ王子様。折角恥を偲んで言ったのに」

お姫様っぽくないのなんて、私がよく分かってるもん。赤くなってた癖に、笑いをなんとか堪えようとしてるのを見ると、なんだかちょっぴり腹が立ってきた。もーいい。これからの孝支への料理の味付けは砂糖一択にしてやる。

「お姫様」
「な、なによ、」
「絶対後悔なんてさせませんから」
「だから後悔なんてしてないって‥」
「一緒になってくれてありがとう」

本当に嬉しそうに笑った孝支の頬っぺたは、さっきよりもほんのり薄くなってピンク色だ。明日のこの時間には、薬指の指輪が小っちゃいダイヤモンドに変わっている。それを考えると楽しみで仕方なくて、同じように私も笑った。

「こちらこそ、‥ありがと」

馬鹿みたいに嬉しくて堪らなくて、恥ずかしくて涙が出そう。目の前がすこし滲んだの、気付いてないといいなあ。

2018.05.07

あとむ様リクエストで結婚式前日の2人のお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!