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「ねえ、見た?苗字先輩。髪の毛茶色ですっごい綺麗になってたよ」
「私もびっくりした〜。めっちゃ似合ってたよね〜」

2人1組のペアになって、柔軟をしている最中だった。少しだけ遅れてきたマネージャー2人の声に、思わず耳が傾いて手が止まる。苗字先輩というのは、3ヶ月前に卒業した梟谷男子バレー部の元マネージャーだ。俺より2つ歳上なので、実質彼女と過ごしたのは1年くらい。つやつやの黒髪と爽やかなショートヘアがトレードマークだった、‥のに、髪の毛染めたのか。なんだよ、すげえ勿体ないじゃん。

「なに?苗字さん来てんの?」
「さっきそこで会ったんだ〜。後で遊びに来るって」
「やっべ‥今日木兎しょぼくれだから久しぶりに檄飛びそう‥」
「赤葦どうにかしろ!」
「ええ‥」

苗字先輩は、他の部からでもかなり有名な鬼女子マネージャーだった。だからこそしょぼくれモードを発動する木兎さんにも例に漏れず厳しい。今日は小テストが赤点だったらしい木兎さんは、部活開始時からテンションが低かった。いつもなら小テスト如きでテンションが下がったりしないが、今回赤点の人は、来週ある練習試合の日に補習があるらしいのが原因だそうだ。多分こんな姿を苗字さんに見られようものなら‥いや、想像するのはよそう。そもそも木兎さんが悪いのだから。

「あかあし‥」
「これを機に赤点をなくすよう努力しましょうね」
「でも赤点取っちゃったんだ俺‥」
「そんなことは知ってますよ」

白目になりそうな勢いで俺の肩をぎりぎりと掴んでくる木兎さんの指が食い込んでいる。この人俺をなんだと思っているんだ。そもそも1つ上の先輩に勉強を教えられる程出来た頭はしていないから、俺には教えることなんて出来ない。いや、大きな5歳児だから説明くらいならできるかもしれないけれど、理解をしていただけるのかどうか、まずそこが問題である。溜息が出そうだったが、それを木兎さんに聞かれると今日の練習は何かと支障が出そうな気がして、思い切り空気を吸い込んで飲み込んだ。

「みんなお疲れ様ー」

後ろで、俺以上に空気を吸い込んだ音がした。ひゅっと恐ろしいものでも見たみたいに鋭い音を立てて。それと、苗字先輩が目の前から現れたのは同時だ。つやつやの黒髪は、明るい茶色に。髪の毛も伸びていて、ゆるゆるとパーマがかかっている。化粧も覚えて、目元がピンク色だ。‥彼女はいつかの先輩じゃなくて、少し大人に近付いた女の人になっていた。

「赤葦、久しぶり‥なに?」
「‥いや、一瞬誰かと」
「ああ、大学生だもん。イメチェンくらいするって。‥それより後ろの奴赤点なんだって?」
「ゲェ‥!」
「木兎。全国3本指のスパイカーを目指す前にただの小テストくらいクラスで3番目の成績にはなんないの?」

にこりと笑ったその影で、木兎さんの心臓がぐしゃっと潰れた音がした気がする。違うんだ、俺は‥と言いたげだが、結果として出ているそれに、彼が言い訳をする余地無しだ。食い込んだ指が少し震えている。まあ確かに、部活に支障を出してしまうと苗字先輩は顧問の先生より2倍、いや3倍くらい怖い。まあ、それこそ先輩は全国模試で3本指に入ってたからな‥それよりも俺を盾にするのをやめてほしい。

「誰に聞いたんですか?それ」
「先生だよ。さっき挨拶しに行ったら、また木兎が〜って嘆いてた」
「成る程‥」
「まあ分かってたけど‥赤葦もごめんね、こんなしょうもない主将で‥赤葦がいて私も安心だ。‥とは言え木葉達も!!赤葦にばっかり任せるんじゃないよ!」
「そっそんなつもりねえっす!!!」

腰に手を当ててぐわっ!と怒る様子が昔と被る。ああ、やっぱりどんなに綺麗になっても先輩はあの頃のままなんだと嬉しくなってしまう。俺の知ってる、俺が好きなままの人。厳しいけれど、梟谷の男子バレー部をしっかりと支えてくれていた人だ。

上着を脱ぎ捨てて、真っ白いシンプルなTシャツになった先輩は、そのままどすどすとコートに入っていく。のんびり柔軟途中だった俺らを一喝して、ボールを掴んだ。小見以外ここに並べ!と大きな声が体育館に響いた。だけど、このぴりぴりとした空気、意外と皆が嫌いじゃないことも知っている。

「投げるから赤葦はトス上げてね、」

自惚れではないことを祈る。苗字先輩はほんのちょこっとだけ俺に優しくなることがある。先程までぎりぎりと木兎さんに掴まれていた肩を、ぽんと優しく叩いて笑って、ぐっと親指を立てた。ネットの反対側で、レシーブをする為に備えている小見さんが少し笑っているのが見えて、今のを見られたのかと思っていたら、理不尽にも苗字先輩の檄が飛んだ。高く投げられたボールをしょぼくれた木兎さんへと上げると、ラインの上にストレートが決まる。もちろん、彼のテンションが戻っていくのが目に見えて分かった。

「赤葦ナイストス」
「ちょっと待った!俺!今の俺!!」

駄目元で今度、2人で出掛けませんかって誘ってみようか。ずかずかと先輩に言い寄っていく木兎さんを押し返しながらそう考えた。トスの精度上がったねって嬉しそうに笑った瞬間、つい顔を逸らしてしまう。そんな照れなくてもって、‥照れるに決まってるでしょう。そんな顔されたら。

2018.05.18

りく様リクエストでOGマネージャーに片想いする赤葦京治のお話しでした。素敵なフリリクありがとうございました!