俺の方は一目惚れ。
「いらっしゃいませー」
お決まりの軽快な音が鳴ってバッと扉の方へ視線を向けた。
「(来た……!)」
そそくさとレジへ戻り入ってきた常連のOLさんがレジに来るのを待つ。俺はこの時のためにバイトをしているのだ。
「エッ!?交代!?」
オーナーから深夜帯に新しく入る人がいるから夕勤になってくれない?って話を持ちかけられた。その人はダブルワークをするらしく、深夜帯しか入れず、わりかし融通のきく俺にシフトチェンジの話がきたらしい。
「でも深夜の仕事しかできませんし!」
「我妻くんなら大丈夫だよ〜」
「根拠は!?何その自信!!本人の俺が無理と言っているのにどこからくるんですかその自信!!」
「とにかく、夕勤のシフトにかわってね」
「ア゛ーーーーーーーッ!!!!」
時給良かったのに!時給良かったのにーッ!!事務所の床をゴロゴロダンダン転げ回りながら内心で怒り狂う。絶対許さん。他の深夜帯んとこ探す。絶対探す。心にそう決めていると、明日から20時〜0時でよろしくねと追い打ちをかけられた。ぴえん。
「(でもでもでもでも、こんな綺麗で可愛い常連のOLさんがいるならシフトチェンジしてよかったかも…)」
その常連のOLさんは仕事の時はほぼ毎日来て、明日の朝ごはんなのかパンを1つとカフェオレ、たまにスイーツやお菓子を買って帰る。ふんわり揺れるスカートや高すぎず低すぎないパンプスの音が心地よくてついつい顔がにやけてしまう。
「おや、名前ちゃん、おつかれさま〜」
「オーナー!おつかれさまです〜」
そして何故かオーナーと仲がいいみたいで常連のOLさん……名前さんはオーナーとよく話をしていた。
「え〜そんなことあったんですね?」
「びっくりしたよ本当」
「(ぐうう〜……!!そこ代われそこ代われそこ代われそこ代われぇえええええ!!!!)」
今日も俺の気持ちは届かない。
初めて名前さんを見た時は体に電流が走ったようだった。綺麗で艶のある長髪はハーフアップに束ねられて、当たり障りないネイビーのリボンがついたバレッタで纏められていた。服装もOLって感じでコツコツという音にすごく興奮してしまった程だ。
顔も綺麗で可愛くて、声は少し低めだけど落ち着く音としてずっと聞いていられる。そして極めつけは、
「あれ?初めましての子だね?こんばんは」
この一言だ。
この一言だけで常連と分かるし何よりこんな俺なんかに話しかけてくれるなんて……!俺の事一目惚れしたに違いない!!!!
「あ、あの!」
「はい……?」
「れ……れ……!」
「?れ……?」
「……れ……レンジで温めるものはありますか……ぁ……」
「ふふ……っ……ありがとう。でもカフェオレは温めいらないかな?」
「ッス……」
ピッといつもの様に電子マネーで会計を済ませて出入口へ向かう名前さん。あああ連絡先教えてくださいって言いたいだけだったのに……
「あ、そう、」
「はい!」
「頑張ってね、我妻くん」
そう言って名前さんはニコリと笑顔を零してスカートを翻した。俺は今日一大きな「ありがとうございます」と今まで1度も行ったことのない「またのご来店をお待ちしております」を叫ぶのだった。
fin.
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