見て見ぬふりだけ、得意なの。


私の恋仲である我妻善逸。彼は重度の女好きだ。それは下手したら右に出るものはいないんじゃないかと思うくらいに。今だってほら、任務終わりに寄った茶屋で、私の目を盗んで茶屋の女の子に求婚している。わざわざ私とは外の一番端の席に座っておいて。

「ね!俺と結婚したら毎日美味しいもの食べさせてあげるし!お願いだから結婚してよぉ〜!!」

手口はこう、「厠行ってくる!」で、一番端の席から見えない店の奥の方でちょっかいをかける。…………それにしても毎度毎度他に言うことないのかと思うくらい同じ台詞をよく吐けるものだ。お嬢さん、その言葉、中古の使い回しですよ。そう心で呟いて手に持った湯のみを傾けた。
ずっとこうなのかと聞かれたら、まぁほぼずっとこうだった。初めて会った最終選別の時に真っ先に求婚してきたし、再会した時も2回目会えたから運命だのなんだの言ってきて求婚してきた。炭治郎の妹の禰豆子には毎晩花を持ってきていたし、行く先々で妙齢の女の子を見れば一目散に駆け出して縋り付き求婚をしていた。

1度だけ、1度だけ短期間、求婚をすることをやめたことがあった。それは私のことが好きだからと。そういうのは名前ちゃんからしたらいい気しないよね、と。そう言いながら求婚することをやめたのだ。周りはびっくりしていた。炭治郎はにおいで本気だと気付いたようで本人よりも清々しい顔をしていた。
まぁそういうことなら、と二言で返事をして恋仲になったのだった。

(早まったかなあ……)

嫌いな訳では無い。勿論ちゃんとそういう意味で好いている。手を繋いで逢引も何度もしたし、数える程度だが接吻だってした。いずれ交合うことになるのだろう、きっと処女を捧げるのは善逸で、夫となり支え合うのも善逸なのだと漠然と思っていた。それでいいとも。
だがしかしどうだろう?もう求婚しませんと宣言した善逸は私の目を盗んでは行く先々で求婚をしている。初めて聞いた時はまさかと思った。あの時炭治郎と伊之助の前で「もう求婚するのやめる。名前ちゃんに悪いから」と宣言したのは嘘だったのか。炭治郎は嘘の匂いがしないと言っていたし、あれからは女の子を見かけて鼻の下を伸ばすことはあっても無闇矢鱈に縋り付くような真似はしなかったのに。

「名前、」

いつの間にか私は善逸を置いて茶屋を出ていたらしい。歩いた先に居た炭治郎に声をかけられなかったらそんなことにも気付いていなかっただろう。

「炭治郎」
「一人か?善逸は?」
「……そこの先の茶屋で、」
「────そうか」

少し食い気味で言葉を強く放った炭治郎。ごめんね、そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。
炭治郎は苦しいような悲しいような顔をさせたまま少し俯いて何かを言おうとした。

「名前、あの、」
「カァーーー!カァーーー!伝令ー!伝令ーー!」
「任務だ」
「名前、炭治郎!合同任務ッ!合同任務ッ!西南西ノ街デハ子供ガ消エテイルゥ!急ゲェ!」
「……だって、炭治郎。」
「わかった、すぐ行こう」

私と炭治郎はそのまま西南西へと足を急がせた。


結果、鬼はたまたま任務終わりで通りがかった恋柱の甘露寺様が瞬殺されていたのだが。
それを隠の方たちに聞いて肩を落としつつ、甘露寺様の行方を聞く。もうとうの前に出立されたようで私たちは藤の家紋の家へと案内された。

「名前、さっき言おうとしたこと、言っていいか」
「ん、そういえば言いかけてたね」
「善逸のことなんだが、」
「炭治郎」
「俺は心配だ。善逸は約束を破る男では無いと思いたかったが、俺も求婚しているのを見てしまったんだ。」
「……炭治郎」
「名前が苦しむだけだ、」
「炭治郎、」
「もう、やめたほうがいいと────」
「炭治郎!!!!」

思ったより大きな声が出てしまって、炭治郎がびっくりしてこちらを見ている。

「わかってるの、本当は。なんで求婚してるかとか、全部」
「わかって、いたのか?」
「うん、もう、わかってた。」
「じゃあ、善逸がもう名前のことを」
「好きじゃないことくらい、分かってたよ」

でも私は善逸が好きだから。恋仲って立場から退きたくないから、だから知ってても知らないふりをしているの。だって、そうしていたら優しい彼はきっとそこに置いてくれる。少しのことなら目を瞑れるから、だから、だから───

fin

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