その笑顔やめませんか
不良×普通




やばい男に目をつけられてしまった。

俺はそのことをすぐに理解し、同時に絶望した。
目の前には、不健康そうな笑みを浮かべながら俺を見下ろしている金髪青年。耳にはピアスが多数、少し長めの襟足からは色白ですっきりとした首筋が覗いている。

香水の匂いなのだろうか、ほんのり甘い香りに紛れ煙草の匂いもして、この人煙草も吸ってるんだァ…とさらに不安がマシマシになる。

そんな男に、俺は今現在、
壁ドンをされていた。


「きみ、キヨシの弟でしょ?」


男の第一声は、思ったよりのんびりした口調のものだった。
質問したのと同時に、目が蛇のように細まる。それでもキツく見えないのは、彼が元々アーモンド型の瞳の持ち主だったからか。でも、どちらにせよ、怖いものは怖い。


キヨシ、というのは、
事実俺の兄だった。


何したんだよあのクソ兄貴はァ〜〜〜!!!


「さ、さぁ…。人違いでは…」


ここでイエスといっていい方向に転がるわけがない、とわかりきっていた俺は誤魔化すことにした。精いっぱいの困った笑顔を浮かべる。本当に知らない、と彼に伝えるために。ちなみに何故いい方向に転がるわけがないかというと、兄貴はロクデナシだからだ。


「へえ、そうなの?」

「はい…キヨシ?って方、俺の知り合いにはいない気が…」

「ふうん」


男は俺をジッと見ていた。
辛うじて、相手は笑ってくれているがそれが逆に怖い。特に俺の頭のすぐ横にあるこの右手がいつグーになって俺の顔に飛び込んでくるのかがわからないから、心臓が飛び出そう。オエッ。

そもそも、この人は俺の兄貴とどういう関係なんだ。
友達なのか、それとも兄貴を恨んでる側なのか。

それによって俺の命がどれだけ削られずに済むかかかってくるんだけど。


「ああ、ごめん。別にきみがキヨシの弟だからってボコボコにする気は全くないよ。ただ似てないなぁ、って思って声かけただけで」

「エッ、だから、あの…別に俺弟じゃ…」

「関係ないならなかったで、時間の無駄になった腹いせに何かするかもしれないけど」

「弟です、兄がご迷惑おかけしてます」


危険を察知し俺は即座に自分の身の上を明かした。
そしてすぐさま土下座。
男のスニーカーとこんにちはする。


「え、まじで弟なの?似てないねぇ」


男はそんな俺に驚いたようだった。え?カマかけたの?完全に俺を弟だとわかってた感じだったクセに。

男は俺と兄貴が似てないというがそりゃそうだ。
兄貴は図体もでかいし、髪も短いし、なんかとにかくウェイ系!って感じだけど、俺はいかにもインドアって感じの細い体だし身長も普通だし、髪型も男らしくない。整髪剤とかもつけてないし。


「あの、兄、が、何かしましたか…、俺からキツく言っておきますんで…」


俺は相変わらず額をコンクリにつけた状態で男に聞く。暴力だけはまじ勘弁。痛いの嫌だよ〜〜〜そういうのは兄貴が得意としているもので俺は全然だからさ〜〜〜


「別に大したことしてないけど…てか君恥ずかしくないの、土下座って」


聞くなよ。


「いえ、な…慣れてますんで…」

「なにそれ、うける」


さっきまで距離があった声がまた近くなった。
髪に風が当たるかのような感触がしてビクッとするが、それが男の指だと気づき余計にビビる。

こ、この人俺の髪触ってる〜〜〜〜〜ギョエ〜〜〜


「髪も黒いし…君は普通の学生なの?」


顔あげてよ、と言われ恐る恐る顔をあげた。
アーモンド型の綺麗な目。さっき、俺はこの目がひどく恐ろしいものだと感じていたけれど、こうしてみてみると、全くそう感じない。無表情だから?普通笑顔の方が怖いって思わないはずなんだけど。


「兄とは、逆の人間だと思って頂ければそれで…」


髪を触られていることにやっぱり気が持ってかれるけど、なんとか質問に答えた。
きっとこの人は兄貴と同じ側だ。しょっちゅう人を殴ったり蹴ったりしてるに違いない。手の甲が、ぺちゃんこだ。


「ちなみに、兄とどういう関係で…」

「んん?別にどうも…この前あいつに殴られて肩脱臼したけど」

「ほんッッッッッとにすみませんでした!!!」


再び俺は土下座。
肩脱臼!!?それ『別にどうも』って関係じゃないよね!!殴り合いする関係ってことだよね!!!最悪じゃん!!!


「あはは、君は関係ないじゃん。別に謝んなくていいよ、代わりにあいつの歯折っといたから大丈夫」


笑って恐ろしいことを言う彼にゾッとする。前に兄貴が口の中血だらけにして帰ってきたのこの人が原因なのか…、やべえ…つかやっぱり笑顔こわぁ…イケメンなのに、笑顔が…笑顔が、目が死んでるから?


「肩は、大丈夫なんでしょうか…?ごめんなさい、本当に…」


どっちの肩なんだろう、わからないけれどおずおずと彼の顔を見上げる。
関係ないとはいえ、兄がやったのなら、せめて俺は謝らなければいけない。じゃないと今の俺の命が危ない。

俺の質問に男は、まばたきをした。
なに、なにに驚いてるの。


「…きみ、本当にキヨシの弟?」

「えっ、そ、そうですがっ」

「へえー」


その『へえ、』は何を含んだ相槌なのか。
つかなぜ改めて聞いてきた。

じろじろと俺を観察し始めた彼。
俺は視線の置き場所に困って、彼の頭だったり、耳だったり、首らへんを見る。
ピアスやばぁ。


「この前、キヨシときみが一緒に歩いてるの見かけたからさぁ、どんな関係なのかなって気になったんだよね。」

「…はぁ、」

「それでキヨシに聞いたら『弟』って言うもんだから、ちょっと興味持っちゃったんだ。だってほら、きみたち全然タイプ違うじゃん。中身も本当に違うね」


そして、「ビビらせてごめんね」と謝られた。
無表情だったけれど。でも、声が優しかったものだから俺は困惑する。

ご、ごめんね、って言われたら逆に困るんだけど。
何と答えるべきかオロオロしていたら彼が立ち上がってた。

そして、俺をジッと見下ろす。なんでこの人俺のことこんな見てくるんだろう。

そう思っていると見下ろしながら笑った。
また、嫌な笑みだ。
「そうだ、」と何か閃いた様子の彼。


「俺ときみが仲良くしてるところみたらキヨシどんな顔するんだろ」

「え゛っ」

「このあと暇?つか暇だよな、一緒におでかけしよっか」


俺は彼の言葉が理解できなかった。
理解できなかったけど、彼に手を引っ張られて絶望する。

よろよろと足の力が入らない俺の肩を引き寄せる彼。ふわりと、あの甘くて苦い香り。力強い手。


な・・・・

なんで、

こんなことに。



本当にやばい人に捕まっちゃったじゃん、俺。



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