その笑顔やめませんか
2

不良×普通






金髪イケメン不良さんの名前は『綾人』というらしい。名前までイケメン。綾人って呼んでいいよ、と言われたけれど呼べるわけがない。

つか、俺はどこに連れていかれようとしているのか


「あ、あの…どこ行くんですか」


綾人さんに腕を引かれながらひたすら歩く。正直今すぐこの腕を振りほどいて逃げてしまいたい。けれどすぐ捕まる未来しか見えてないからできずにいる。

身長…俺より何センチ高いんだろう。
歩幅がだいぶ違う気が


「楽しいとこ」


そう言って薄く笑みを浮かべた綾人さん。この人をどこまで信用していいんだろうか。でも俺の勘が言ってる、絶対嘘だと!

楽しいとこってなに?
不良が言う楽しいとこって。
か、カラオケ?いや、普通か。ゲーセン?

も、もしかしてお酒飲むとことか!
キャバクラ…ふ、風俗とか!?


「お、俺はまだ16ですし高校生が入れないような法的に問題があるところはちょっと、」

「どこだと思ってんの」


えっ
俺が思ってたとこじゃないんだろうか。…ふ、風俗に連れてかれるのかと…

恥ずかしい勘違いをしていたみたいでカアッと顔が熱くなる。

「・・・」

無言の綾人さん。前髪の間から暗い瞳が覗く
ああ、やばい、そんな見ないで。

俺はそっと視線を足元に向ける
すると、何を思ったのか綾人さんが俺の手首を握ってきた。




「高校生は入れないとこってどこ連れてかれると思ったの?」


さっきまで半人分空いていた隙間が埋まる。綾人さんが俺にピタっとくっついてきたから。
ふわりと香る、彼の香水と煙草の匂い。

ちっ、近い
つかやっぱメチャクチャいい匂いするし…!


「別に、そんなんじゃ!」


彼の吐息を耳元で感じ、恥ずかしさやら何やらで頭が破裂しそうになる。この人距離感とか気にしない人なのかなっ?


「きみの思ってるところよりずっと楽しい場所だよ。女はいないけどね〜」


何故俺が変な勘違いしてるってことがわかってしまったんだろう。
耳を抑えながら彼と距離を置く俺に、彼は笑った。

その顔。笑い声を溢してるわりに、うっすい笑みを浮かべてる。
あまりにもイケメンだから女の子がみたら一瞬でコロリとなってしまう笑顔なのに、なんで俺はゾゾっとしちゃうのか。
愛想笑いだから?


けれど十分後、俺はさっきの笑顔がやっぱりあまり良いものではなかったと知る。

数メートル先には違う制服の男が数名。
しかも殴り合いをしている。

これはいったい?


「んー、面白くないメンツだなぁ」


彼らを眺めながら綾人さんがボソッと呟いた。
彼らが喧嘩するような人達なら綾人さんは彼らを知ってるのかもしれない。どちらの制服とも綾人さんのとは異なるけれど。綾人さんは学ラン。
片方の人たちのスラックスは見覚えがある。家でよく見るやつだ。

いや、
そんなことより!


「こっ、ここは!?」


何で俺知らない人たちの喧嘩を眺めてるの?
楽しいところというよりも怖いところだし!やっぱり楽しいなんて嘘だったじゃないか!

震えながら綾人さんに訊ねると綾人さんは静かに笑った


「橋の下?」

「そっそうですけど、あの、彼らは?」

「ワンちゃんたち」

「へ?」

「キャンキャン煩いからね」

わ、
ワンちゃん?

意味が分からない。
唖然としていると、俺の手を引きながら颯爽と絶賛喧嘩中の輪に入ろうとする綾人さん。俺はリアルに「ひえっ」と情けない声が出る。


「あっ、あや、あやとさんっ?」

「ん?」

「おれ、喧嘩できないですよ!」


頭を全力で横に振りながら綾人さんの腕をギュッと掴む。まじで怖い。近づけば近づくほど血とか見えてやばいし!

もはやビビりすぎて涙が浮かびそうだった。
必死な俺を見下ろす綾人さん。本当に良い顔してんなこの人。


「大丈夫だって、俺もきみに喧嘩させようなんて思ってないよ」

「じゃあ、なんで・・・」


俺がそう呟いたその時だった。


「ア゛ァッ!?岡崎なんでここに!!」


怖い顔をした知らない男の人が俺らに気づいたようだった。
岡崎、俺の名字ではないから綾人さんのなのだろう。
岡崎綾人っていうのか。

しかし感心してる暇なんて無い。
俺はあまりにもビビって硬直。

綾人さんを盾にするわけにもいかないし、
かといって殴られたくもないし


「〜〜〜っ、」


顔の前に腕でバッテンをつくって防御態勢に入った。
舌を噛まないようにギュッと口に力を入れる。

けど、いつまで経っても衝撃は来なかった。
代わりに聞こえてきたのは相手の「えっ?」という間抜けな声。

えっ?

俺もそれにつられて恐る恐る腕をどかす。


すると、目の前に驚きの光景が。


男の振り上げていた腕を、後ろから掴んでいるもう一人の男がいた。
俺より10cm以上は高い、たぶん、綾人さんとほぼ一緒くらい。
茶髪のツーブロ、それにピアス。喧嘩をするような人達だからかなり怖い見た目だ。目つき悪いし、ガタイもいいし。


俺がその相手を見上げて唖然としていたら、その相手が先に口を開いた


「なんで、雪がここにいんだよ」


完全に苛立ちを含んだ低い声。この声知ってる。俺が兄の部屋にこっそり侵入して漫画を読んでいた事がばれた時と同じ声だ。

俺を、俺のあだ名である"雪"と呼んだ相手は、
俺の実の兄だった。


「き、清史さん、知り合いっすか」

「・・・。」


俺らを殴ろうとした相手は、兄に対して恐る恐る声をかける。
兄は難しい顔をしながら、小さい声で「ああ」と呟いた。

めっちゃ兄ちゃん、
怒ってるよ

その返事をきいた相手はスタターと逃げるようにしてさっきの喧嘩の輪の中に戻っていった。そして、俺と、綾人さんと、兄ちゃんの3人だけになる。

俺は無言。
兄の顔が怖くてまた足元を見てしまう。

けれど、そんな俺と違い、
何事もなかったかのように綾人さんが俺に話しかけてきた。


「ユキっていう名前なの?可愛いね」


この雰囲気でそれを聞いてくるか。
そういえば俺綾人さんに名前教えてなかったけれど!


「…雪弥です、本名は」


兄も怖いが、綾人さんも怖い。
ボソボソと綾人さんに聞こえるくらいの声で呟いていたら、突然胸倉を掴まれた。


「ぐぇっ!」


俺の胸倉を掴んできたのは無論、兄。
俺に似てない兄の顔面が急に近づいてきて俺は死を覚悟する。

しぬ!


「なんで、お前が、ここに、いんだよ」

「俺が雪弥をナンパしたからだよ。」


胸倉掴まれガクガクしていたら綾人さんが助け舟をだしてくれた。助け船かこれ?
兄の手を掴んで俺のシャツから手を剥がしてくれる綾人さん。俺のお腹に左腕を巻いて兄から距離を取ってくれた。背中に、綾人さんの体温。

えっ、てか、ナンパって言った?


「あ゛ぁ?」

「嫉妬すんなよお兄ちゃん」


すぐ耳元で綾人さんの声がしてハッとする。
今俺、綾人さんに後ろから抱きしめられてる体勢じゃん


「あ、綾人さん、あの、腕、」

「岡崎てめえ今すぐこいつから離れねえとぶち殺すぞ」


知ってたけど兄ちゃん口わっる!
ビックリして兄の顔を見ると凄くムカムカした顔をしていた。
なんか俺にまで飛び火しそうな感じではある


「いいのかなあ、そんな口利いて」

「あ?」

「お前のスマホのホーム画面が何なのか、雪弥に言っちゃうよ?」


…?
ホーム画面?

俺は首を傾げる。
俺にとっては意味がわからなかったが、兄には効果絶大だったらしい

ぐっ…!と呻く兄ちゃん。非常に悔しそうな顔をしてる
へ?そんなにやばいホーム画面なの?
見たことないんだけど。


「あはは、ジョーダン。雪弥がいない時きみの相手してあげる。今は雪弥とデートの途中だから」

「え?」

でっ、
デート?

ギョッとして綾人さんを振り向くと「ね?」と聞かれた。いやいや俺初耳だよ

兄は身体を震わせながら綾人さんを睨んでいた。一体なにがそんなに憎いというのか。ホーム画面のこと脅されたから?

俺は兄の鬼の形相に脅えながらギュッと綾人さんの腕を握る。いや、まじで怖い。実の兄ながら化け物かよ。

するとその手をヒョイっと拾われた。
ハッとすると、綾人さんの長い指が俺の指に絡んでて。

…なんだこれ。


「可愛い仕種してくれるね」


一体何の事か
俺が腕握ったこと?

しかし「は?」と聞き返せるわけもなく俺は今恋人繋ぎ状態の右手を凝視する。なんでこんな、俺、女の子とも恋人繋ぎなんてしたことないのに。指長い。し、手のひらでかい。


「…やっぱ一発殴らせろ」

「そうなる前に帰るわ。」


手と身体の拘束?を解かれたと思ったら、綾人さんが俺の腕を掴んで走り始めた

つられて俺も走り出す

すぐ後ろで兄ちゃんが「おい!!」と怒鳴るけどその追撃を許さないのが綾人さんだった。


「邪魔したら画面バラす」


この一言で兄ちゃんは撃沈
あの兄を黙らせるんだから、一体どれだけの効力があるというのか


…これ、綾人さんはいいけど、
俺、家に帰ったら兄ちゃんにボコボコにされるんじゃないかな




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あとがき。
清史のホーム画面は雪弥(弟)の幼稚園児時代
これを偶然綾人が覗き見→えっ清史の弟いんの?ウケる、今高校生なん?会いに行こ の流れで1話目に。

清史は男前イケメンだけどいつもムスッとした顔をしてるから弟に(何に怒ってんだろ?)って思われてる。