そんなとこが嫌い
主人×従者





俺の主人は、それはそれは完璧な顔立ちをしている。垢抜けた顔とかそういうレベルではない。完璧なのだ、どこを取っても。
絹糸のように綺麗な金髪に、灰紫色の瞳。それらが彼の端整な顔をさらに引き立てている。

俺の主人と言うこともあって、彼は貴族でもある。しかも由緒正しい名門。そしてなんと、頭もいいのだ。

一体神は彼をどれだけ愛していたというのかと思ってしまうほど。
性格は少し歪んでいるようだが。


「猫ちゃん、その贈り物全部君にあげるよ」


そう言って作り物のような綺麗な指が指し示したのは彼宛の誕生日祝いたち。
まさに、山のように積み上げられている。

猫ちゃん、というのは俺のことだ。前に飼っていた白猫に似ているからだという。

プラチナブロンドに青い瞳、白い肌。
それで一目でそう思ったと。


「このような高級品頂けません」


きっと、全てが最上級の物だろう
衣服やらアクセサリーやら時計やら何やら。

それが全部俺になんか来たら俺は金持ちになれる

とは言っても、自由になることはないが。


「…そういうと思った。から、猫ちゃんが好きそうな物だけ選んどいた。後で部屋に行ってみて」


そう言って彼は綺麗な笑顔を浮かべた。俺がそう言うとわかっていたんだろう。
…いったいどれだけの物が届けられているのか。


「私には、今頂いているもので十分ですが…」


ただでさえ充分高級な召し物を着させていただいているんだ。懐中時計だって、立派な靴だって何だってこの人は俺にくれる。

もう欲しいものなんてないくらい。


「じゃ、ここにある物の処分は猫ちゃんに任せるね」


そう言って、その宝の山の中にあった花束の一つを俺にぽいっと投げた主人


真っ赤な薔薇の花束

どこの女性が送ってきた物なのか、キスマーク付きのカードが差してある。過激な人もいるもんだな。


「……私の主人はその存在だけで女性を夢中にしてしまうようですね」

「全くもってつまらないことだけど」


彼はなんだってゲーム感覚で接している。女性を落とすこともゲームの一つだと思っているらしい

呆れた人だ。
キスマークのついたカードを破り捨てながら溜息をついた。


次いで他の使用人を呼んで荷物を運び出す。これの処分なんてどうしろと。

主人自身は物欲がない。ただお金は有り余っている。
もともと資産はたくさんあるのに暇つぶしにと貿易業にも乗り出したためだ。

そのため、どうにかごますりをしようと近付いてくる輩が多くなった。だから何かしらにつけて贈り物を届けたりがよくある。

馬鹿な奴らだ。
彼はそんなことされたところで、お前らに気をひくわけでもないのに。


「今日は俺の誕生日だから期待してるんだ」

「…夜はお忙しいはずですが」


色々な人が屋敷に集まるからな。
俺も徹夜で指示出しした。
主人と親しいか利益がある人物、またはお得意さんのみしか招待してないため、ミスがあってはならない。


「ふふ、後でわかるよ」


彼は灰紫色の瞳を妖しく細めながら口元を緩めた
嫌な笑顔だ、と心の中でゾッとするが澄まし顔をして受け流す


が、


「猫ちゃんは本当感情を隠すのが上手だね」


…どうやら俺の主人は全てお見通しらしい。




ーーー




パーティが始まってから1時間以上経った。

普段俺は付き人として彼の斜め後ろに控えているが今日は違う。


なんと主人の真隣に立っている。


「ハルバート公爵、今日は随分とお美しいパートナーとご一緒してらっしゃいますね。」


俺の顔をジロジロみながら厭らしい目を向ける男がそう言った。確か宝石業を営んでる成金貴族だ

もし俺がいつもの姿だったらこの男はそんなこと言わないし俺のことを眼中にいれることもないだろう


ただ今は違う。


胸下まで伸びたプラチナ色の髪に、赤い唇
目はアイシャドウやらマスカラを塗られ女のような色っぽい目元になった。

コルセットで無理やりくびれを作られ作り胸も入れられた俺は少し背の高めの女だ。

しかも化粧のおかげでそこらの女よりは上物となっている

なぜ俺がこんな女になっているかというと全てこの主人のせいだ。今すぐ色々問いただしたい。午前中に言っていた"楽しみ"はこれのことだったのか。

俺を女装させて楽しむなんて。


「ああ、そうでしょう。彼女は稀に見る美人ですから、視線もいつもより痛くて困る」


そう言って主人は俺の腰に腕を回して微笑んできた。女性だったらため息をついてしまいそうな綺麗な微笑み。その手を捻ってやりたい気持ちになるがどうにか耐えて俺も笑みを浮かべる。


「羨ましい限りですなぁ」


目の前の男はそう言って俺の腰に視線を落とした。本当に気持ちの悪い目をしているなこの男は。死んでくれ。


「しかし、貴方様ほどのパートナーとなればきっと名家のご令嬢なのでしょう?いったいどこの…」


・・・この質問にも慣れた。
俺は口をきけないので主人が代わりに口を開く


「いいえ、彼女は庶民の出ですよ。」


そう言うと大抵のやつは目を見開くがこの男も例外ではなかった。

興味深げにさらに見てくる奴らもいれば、急に俺を冷たい目で見てくるものもいる。女は大抵後者だ。心の中で"勝った"とでも思ってるかもしれない。


「ほう、そうなんですか…立ち姿も振る舞いも見る限りそうは思えませんが」


当たり前だ。俺だぞ。


「僕の執事が優秀なもので、彼女を鍛えました。」


男の質問に対して考える間もなく話を続ける主人
…俺が優秀なのは嘘ではないけれどスラスラと嘘が出てくるのは、本当感心する。


「この宝石などは?」

「もちろん、これは僕が彼女にプレゼントしたものです。彼女を前にするとどの宝石もくすんでしまいますがね」


うわ…。
この人はまたこんな鳥肌の立つようなことを。

恥ずかしすぎて頬が染まった俺を見てさらに主人は追い討ちをかけてきた


「照れてしまう君も可愛いらしい」

「・・・。」


やめろ。
わざとやってるだろそれ。

女に囁くような甘い声でそう言う主人にうんざりする。

主人の足を踏みつけてさっさとこの場所から離れようと合図した。苦笑する主人。「では失礼します」と男に頭を下げ2人で移動する。


「本当に、なにを考えてるんですか貴方は…っ」


壁際に移動して小声で問い詰めた。
近くにいる使用人たちも俺の正体を知っているから哀れみの目でみてくる


「俺の執事がこんなに美人だなんて鼻が高いよ」

「そういうのいいですから。」

「ノリが悪いなあ。でも男たちはみんな君に夢中だよ」


俺の髪を掬い取ってそう言う主人。そんなこと言われたって全くもって嬉しくない。


「遊び心で猫ちゃんに女装させたけど、予想以上すぎて今すぐ部屋に連れて帰りたいくらい」

「み、耳元で囁かないで下さい」


こんな場所で、こんな近距離で話されたら余計注目の的になる。


「今度は本当に照れてるの?珍しいね」

「っとにかく、離れてください。貴方は客のおもてなしもしなければいけないんですから、俺に構わないで他の女性の相手でもしてきてください」

「こんな時まで仕事脳なのか」


そりゃあ、今こんな姿だけれど俺は執事だ。この家のイメージアップは大事なこと。


「あなたと踊りたくて待っている女性が山程いますよ」

「俺が別の女と踊ってても妬いてくれないんだね」

「妬きません。どうぞ行ってきてください」


全く…
自分の立場を理解してほしい。


俺の言葉に「仕方ない」と諦めた様子の彼
しかし、俺から離れる前にとんでもないことをしてきた


「猫ちゃんは他の男と踊っちゃダメだよ」


そう言って俺の頬にキスをする主人


「!!!?」


思わず叫びそうになるのを耐えて彼を見上げる

俺のそのリアクションが面白かったのか、彼は笑いながら俺のところを後にした。紳士らしくご丁寧に手の甲にもキスを落としてから。

俺が今下手に動けないことを知ってあんなことをしてくるんだろう。

本当策士すぎて嫌になる
今ので完全に女性たちを敵に回したぞ俺。


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