そんなとこが嫌い
02



広間にいるとやたら視線を浴びるから一度部屋を出て、廊下においてあるソファに腰掛けた

この耳につけてるイヤリングも重くて痛いし腰も苦しいし靴擦れで足も痛い

女は大変だな
こんな辛い思いして

今頃主人は女性と代わり代わり踊っていることだろう。
あの綺麗な笑顔を浮かべて。

どんなに上っ面でも女性はそれに充分騙される


「あれ、貴女は…」


その声が俺に向けられている事に気づいてうんざりした。
恐る恐る顔を上げると茶髪のパッとしない顔の男

ああ…こいつは…
さっき話した客のうちの一人だ

ハルバート家よりは下だがそこそこの名門貴族のベルジェ家

一応笑顔を浮かべながらお辞儀をして立ち上がった。
逃げるが勝ちだ、と思ってその場を後にしようとする。

が、


「名前をお聞きしていなかったな」


腕を掴まれてしまった。
最悪だと心の底から思う


「名乗る…ほどの者では、」


自分の精一杯の高い声を出して答えた
か細すぎる声だが。

何度かこの人とは通常時に会っているから顔をあまり見られたくなくて少し伏せ目がちになる。
すると、とんでもないことをこの男は言ってきた。


「へえ、そうやって公爵の興味を惹かせたんですか?」

「は?」

「随分計算高い表情をするもんですから、そうやって公爵を落としたのかと」


「・・・」


嫌味っぽくそう言ってきたこいつにイラッとする。

・・・随分とこいつは性格が悪いんだな。
この姿をして初めてわかることもある

まあ前から気に食わなかったが。


「失礼、私の名前はルーシュ・ベルジェと申します」


ああ、知ってるよ
次お前がこの屋敷来た時くっそ不味い茶だしてやるからな覚悟しとけ


「ココ、です」


以前主人が飼っていた白猫の名前を口にした
名乗られたら名乗らないとだからな
偽名だが。


「まあ、座ったらいかがですか?ゆっくりお話でも」

「…そうですね」


めっちゃくちゃ嫌だったけど断ったら余計嫌味を言われそうだと思った。

からソファに座りなおす

いったい何を話すというのか


ベルジェはまるで値踏みするかのような目で俺をジロジロ見てきた。それこそ頭のてっぺんからつま先まで。さっきの男を彷彿させる目だ。


「公爵といつからお知り合いで?」

「ひと月程前からでしょうか…」


そんなこと知ってどうするんだと、内心不思議に思う。
まあココなんて女実在しないから全部嘘になるけど・・・

一つだけ守らなければいけないルールがある。


「だから私まだこういう社交界に慣れていなくて」


俺は庶民出身の女だということ。
その設定に沿った応答をしなければ

あからさまに「マナーとかわからない」だの「初めてこんな豪華な服をきた」と話しておく。
あと「公爵様にお目通り叶う日がくるなんて」と。

庶民生まれの女なら言いそうな言葉だろう。


「それではどこで公爵とお会いに?」


予想していなかった質問をされた。
というか、また質問されるとは思っていなかったから。


「・・・・・・それは・・・」


主人のようにスラスラと言葉が出てこなくて言葉につまってしまった。

どこで、だと?
確かに庶民の女はどうすれば主人程の高貴な身分の方と会えるんだろうか。
酒屋とか…いやあの人はそんな所にいかない。花屋とかはどうだろう。

口を閉ざした俺をどう思ったのか、ベルジェがニヤリと口元を歪めた

そして勝ち誇ったような目を向ける


「やはりな」

「・・・え?」


なにがやはりな?

一瞬、嫌な考えが頭を過ったがそれはないと頭を振った。
俺が、この屋敷の執事だなんてバレるわけがない

・・・よな?


けれど、

大きな緊張が走る中、奴が言ってきた内容は非常に馬鹿げた内容で。


「お前、高級娼婦かなんかだろう?」

「・・・はい?」


突拍子もない言葉に唖然とした

この俺が、
娼婦、だと?


ころすぞ


「……い、言ってる意味がわかりません」

「今さらカマトトぶるな。いくらだ?あの男の二倍は出そう」


腰に腕を回され、生暖かい吐息が耳に触れた。先程主人にも囁かれたがその数百倍気持ちが悪い。

ゾワゾワと悪寒が走って硬直する俺を見て、奴は「好感触」と思ったらしい


「お前の好きな額を提示するといい、あの公爵が気にいる程の女の体だ。相当なんだろう?」


顎を触られ顔を上げさせられた
醜い顔がすぐ目の前にあってゾッとする。

・・・こいつの顔を見ると、あの人は本当に綺麗な顔をしているんだな、と改めて思ってしまう。
どんなに近くで見たところでこんな気分になったことはなかった


・・・それにしてもどうやってここを切り抜けるか

下手に俺が動いてこいつを不快に思わせたら主人に迷惑をかけてしまう。


と思っていると、


「僕の屋敷で僕の恋人を誑かそうなんて、なかなか勇気がおありですね。ベルジェ殿」


「っ!!?」


その聞き慣れた声に、すぐにベルジェを突き飛ばした。
慌てて声のした方を見ると、いつの間にか主人がいて。


・・・き、

気づかなかった。


「あ、こ、これはハルバート公爵…いや、これはですね」


俺に突き飛ばされたベルジェが忙しそうに身なりを整えている

俺もなぜか後味が悪くて髪の毛を整えた ヅラだけど


「ただ、ココ様が随分お綺麗だから少しばかりお話をと…」

「・・・へえ。」


『ココ』という名前を聞いて一度こちらに視線を送ってきた主人

バレたくなかったな俺の偽名


「お話にしては随分下卑た内容でしたが…僕が汚れているだけですかね」


そう言いながら主人が俺に手を差し出してきた。その手を借りて俺も立ち上がる。

話を聞かれていた、と余計焦って醜い表情をしたベルジェ


「何かの聞き間違いじゃ、、、」

「・・・そうだといいんだけどね、俺の恋人を娼婦扱いするなんてどういう神経をしてるのかな」


敬語が外れた。
恐る恐る主人の顔を見上げてみると、笑っていない。

吃驚するほど冷たい目でベルジェを見下ろしている。この顔を他人に見せるところなんて、初めて見た。


「ち、ちがうんです、」

「なにが。」

「そ、そいつが俺に体を売ってきたんです、その売春婦が!」


その表情と声に慌てたのか、さらにベルジェが意味わからないことを言い始めた

は?と唖然となる俺
この男何を言い始めているんだ


「俺を誘惑してきたんだ、色気を使って、本当だ」

「…そうなの?」

「…そんなわけないじゃないですか…」


主人が俺に確認を取る
わかっていることをわざわざ聞くな

突然俺の口から男の声がしたもんだからかベルジェが固まった


「残念だったね」

「…は、」

「この子は君に飼われることもないし、そもそも娼婦でもなんでもない。その上君は俺を敵に回してしまった」


主人がスラスラと男に述べる

ベルジェは主人を敵に回すとどういうことになるかわかっているのか真っ青になっている


「ま、待ってください」

「ごめん、俺忙しいんだ。この後お楽しみが待っているから」


そういって俺を引き寄せ、耳にキスをしてきた主人
「なっ!?」と声をあげる俺を無視して頬にもキスをしてきた

こ、こいつの目の前でなんてことを。


「これから頑張って下さいね、ベルジェ殿」


主人が最後に笑顔でそう言って歩き始めた
もちろん俺の腰を引き寄せたまま


あいつは頭が真っ白になっているのか固まっている



(おいおいおい・・・)



「よ、よろしいのですか。彼は大事な取引先でもあるのでしょう?」


あいつから離れたところで主人に聞く
そんな俺に困ったように笑う彼


「…君は、本当ワーカーホリックだね。」

「ですが…」


偽とはいえ、恋人を口説かれたからといってあの人を捨てるなんてそんなの馬鹿げてる

変な噂が広まってしまったら大変だ


「いいよ、あの家ももうダメだし。せっかくの名門があの馬鹿のせいで借金だらけ」


…そうだったのか、知らなかった。
確かに馬鹿そうだったしな。


「そんな事より、自分の心配をしたら?口説かれてたでしょ。一発くらい殴ればよかったのに」

「そんなこと出来るわけないじゃないですか…」

「俺の足は踏むのに?」

「・・・。」


それとこれとは別だ。
そもそも怒らないだろう貴方なら。


「というか、どうしてここにいらっしゃるんです」


もてなしをしろ、と言ったのに。
今頃招待客はこの屋敷の主人がいない、と不満を漏らしているだろう


「猫ちゃんが心配だったんだよ。案の定変な男くっついてるし」

「・・・自分でどうにかできました。」

「本当かなあ。」


俺の言葉に主人がふふ、と笑った。
その微笑みに居心地が悪くなって、主人の手から逃げる。


「別に、もうエスコートしなくていいんで。」


長い廊下を歩いて、階段も降りた。
もう客人の姿もない。

先ほどから痛いイヤリングでも外そうかと耳に手を当てると、その手を握られた


驚いて見上げると、あの灰紫色の瞳が俺を優しく捉えていて。


「っ、な、なんですか…」

「俺が外してあげる」

「いえ、お構いなく、」

「いいから。」


その柔らかい声に、不覚にもドキリとしてしまった。
誰もいない場所で、女の恰好をしているからか。


怯んでしまった俺に小さく微笑んで、イヤリングをそっと外してくれる主人。


「ごめんね、今日は大変だったでしょ。」

「ええ、お陰様で。」

「・・・足、痛いよね。」


その言葉に驚いた。
気づいていたのか。

それとも女慣れしているから、わかっていたとかか?


動揺する俺を見て、立ち止まる主人。
・・・俺に気を使う必要ないのに。


「この部屋空いてるっけ」

「…?そうですね普段は客室ですが今日は泊まる方もいらっしゃいませんし」


俺の言葉に「そう」と言った主人
そのまま部屋に入って電気をつけると鍵を閉めた


…ん?


「どうかしまし・・・うわああっっ!??」


突然、抱き上げられた。男の体をいともたやすく。

一体その細い体のどこにそんな力が…!


暴れる俺を気にもとめずボスンッとベッドに置く主人


「な、なにすんですか、」


肘でどうにか上体を支えたが、主人が俺に覆いかぶさっている。俺の両足の間に彼の体が割り込んだ

に、逃げられない。


「足に傷がないか確認だよ」

「そんなこと、貴方がすることではありません!」


主人が、従者の怪我を見るなんて…!


慌てて逃げようとするが主人が許してくれなかった。
「なにいってるの、」と静かに俺を見る彼


「確認していいのは、俺だけだよ。」


その視線と声色に、何も抵抗できなくなった。
ビクッと固まった俺の身体に主人は小さく笑みを落とす


「いい子」


そう言ってドレスの中に手を入れてきた。俺の足にスルリと彼の手が絡む


「っ…」

「ああ、猫ちゃん足弱いんだったよね」


小さく反応してしまった俺の様子に笑う主人
図星で目を反らすとさらにスルスルと撫でられた

ドレスの裾が膝よりも上に来たことがとても恥ずかしい。
けれど、さっきの言葉を思い出してただただ我慢する


「絶景」

「っ、いいですから、そういうの」

「顔真っ赤だね」


可愛い、と主人が言葉を漏らした。
彼は思ってないことをスラスラ言うからあまり間に受けないようにしている。

けれど、それにがっつり照れてしまう自分がいるんだよな。


「あー…皮剥けちゃってるね」


俺の足を見ながらそう言う主人。
主人に足を突き出すなんてありえない話だが。


「・・・後で、薬でも塗っておきます」


色々と恥ずかしい。お陰で痛いとかは別に気にならない。


「ごめんね」


そう言って彼は俺の足にキスを落とした。その行動が信じられなくて思わず声を荒げる


「だめですよ、そんな汚いところにキスなんて!」

「猫ちゃんはいつも清潔でしょ」


笑う主人
清潔にしていたところで、主人がしもべの足にキスなんて

この人は、本当に…


「も、もう俺は本当大丈夫ですから、貴方は広間へ戻ってください…!」


ドレスの中に足を隠しながらそう告げた。

使用人達が主人を探している事を容易に想像できる。
俺に構う必要もないし、あちらを優先してくれと心の底から願った

が、主人はそれが気に食わなかったらしい


「そんな風にあしらわれるのは嬉しくないな」

「は…?んんっ!!?」


俺の事を押し倒しながら、突然キスをしてきた。

俺の頭を手で固定しながら深く深く合わせてくる唇。
ゆったりと熱い舌が絡むたびに、震えてしまうほど甘い刺激が体中を駆け巡った


主人のキスは嫌いだ。
俺の頭の中をドロドロに溶かしてしまうから。

静かな部屋の中、厭らしい水音が響く。俺はただただ受けるのみで、主人の舌に翻弄される


「・・・ごめんね、がっついちゃって。」


長いキスが終わったとき主人がそう言った。
官能的な触り方で俺の唇を拭っている


「・・・そんなこと思ってないでしょう」


ごめんね、なんて。
彼は微塵もそんなこと思っていない。
いつもそうだ。


「ばれてた。」


俺の言葉に笑う主人
そして再びドレスの中に手を入れてきた


ほら!!反省してない!!


「だ、だめですよ、何しようとしてるんですか」

「30分で終わらせるから」


そういう問題じゃない…!

俺の言葉も無視してプチプチと自らのボタンを外していく彼
程よく筋肉のついた体がどんどん露わになっていく


「何人の男が猫ちゃんに欲情したかな。」

「知りませんよ…っ」


半裸になった彼が官能的に俺の太ももを撫でる
その指の動きにどんどん変な気分になっていく俺


「ぁ、…ぅ…、」

「…どんどんヤラシイ顔になってくね」


誰がそうさせてるんだ誰が。
服の上から胸を弄られ余計理性がほどて行く
作り胸は取られてしまった。胸がないというのに、彼は丁寧に俺の胸をもむ


「セト、」


名前を呼ばれ目をあけた
色気たらたらの俺の主人が目の前にいる。セト。俺の名前。

俺までもオトしてしまう男だ
女が落ちないわけがない


「…30分だけですよ」


彼の背中に腕を回しながらそう呟いた






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飄々としてる割に独占欲強い攻めが好きです。





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