あれから一緒に色々な事をして過ごした。
やっぱり外に行くことは止められていて、二人でダーツをしたりヴァイオリンを弾いたりして遊んだ。時々くだらない話をしたりしていたらあっという間に夕方。

夕食を食べたあと、お風呂に入りまた少し世間話を、という感じだった。


そして、今は夜。


深夜になるまえに、ユウリを客室に送り届け自分も寝室へと向かった

久々にずっと喋っていたから疲れた。

楽しかったけれど。


ベッドに腰掛け、ランプの火を弱める。読書でもしてから寝ようか。
それとも、眠りが来るのをただ待っているか。

どちらにしようかと考えていると、コンコン、と控えめにノックが鳴った。


…アレクか?



「入っていいぞ」


俺の声に、ドアが開く。
案の定アレクが控えめにお辞儀をしながら入ってきた。

まだ燕尾姿のアレク。
もう遅いのに、大変だな。


「セイラ様、体調の方は…」

「ああ、全くもって平気だった。」

「安心いたしました。」


そう言って、ベッドまで歩み寄ってくるアレク。朝から夜までその完璧な仕草と姿勢は崩れない。

「お薬をお持ちしました。」

「ああ、なるほど」


水と薬を差し出され納得する。
薬か。
苦いから意識がはっきりしてる時は飲みたくないものだ。


「飲まないといけないのか?」

「何をおっしゃてるんですか」

当たり前でしょう、と彼が困ったように笑う。
残念。アレクなら俺の言うことを聞いてもらえるかと思ったのに。


「そのような我儘をおっしゃられるのは、ユウリ様の影響でございますかね」

「ははっ、ユウリが聞いたら怒るぞ」

「それでは今のは無かったことにしてください」


アレクが口元に人差し指を立てながら悪戯っぽく笑った。パチリと右目をウインクする姿はただの色男である。

…こういう表情をする所を他の使用人は知らないんだろうな…

いつも完璧すぎて人間かと心配になるが、二人きりの時は茶目っ気を見せてくれる。

アレクがいるから、このつまらないお城でもやっていけるのかもしれない。



「なあ、今度俺とチェスを打ってくれないか」

「私とですか?」

「ああ。」


アレクが驚いた顔を見せた。
深海色の目が大きく見開く。


「セイラ様は昔からお強いですから私とやったところで…」

「いいじゃないか」


枕をボスンボスン叩いて子供みたいなことをする。
それに笑ったアレクは「わかりました」と言った



「それでは、セイラ様がお薬をお飲みになられましたら…」

「喜んで飲むよ」

アレクから水と薬を受け取って一気に飲み干す


…苦い。
なんだこの舌を痺れさせるほどの苦味は。


「ん」

口を開けて全部飲んだぞというアピールをすると、

「さすがで御座います」

とアレクが笑う。

よし、目的は果たした。


「では約束を違えるなよ」


「かしこまりました」


アレクは頭がいいから、もしかしたら勝てないかもしれない。
そう考えてみると、アレクは本当何が苦手なのか

いや、むしろアレクが出来ないことなんてあったか?乗馬にしろ剣術にしろ銃の扱いにしても。

…完璧人間すぎるな
その上こんなにも美形で。


神はどれだけ彼に授けものをしたのか。

ふと彼を見上げる。
俺の飲み終わった薬たちの後片付けをしているアレク。従姉妹たちも、アレクに対して色目を使っていたが、一切靡くことはなかった。あの美人な従姉妹たちにでさえあれなのだから、他の女性にも笑顔一つで対応してしまうんだろう。



「私の顔に何か気になる点がございますか?」

「あっいや、」


気付いてたか。


「…お前が得ることが出来ないものなんてあるのか?」


彼と一緒にいて何年になるかはわからないが、少なくとも彼が事をこなせなかったところを見た事がない

女性にも困らないだろう。


「ありますよ」

さも当たり前のように彼は言ったが俺は信じられなかった。

嘘だ。



「一番得たいものほど得られないものですよ」


「それは形あるものか?それとも権力とか、地位とか…」


「ふふ、権力とか地位には全く興味ありませんが、どちらかといえば形はないものですかね」


と言って俺に微笑みを向けた
どこか悲しげなその表情に俺は戸惑う

一体どれほどのものが、彼をこんな表情にさせるのか。


俺にこれほど尽くしてくれる彼だ。

できる事ならその願いを叶えてあげたいところだが彼にだけ褒美を与えるのもどうなのだろうか。そもそも受け取ってくれもしない気がする。


見たことがないアレクの表情に戸惑った。


そんな時、


「図々しい話だな」


アレクでも俺でもない、第三者の声が部屋に響いた

驚いて声のした方へと顔を向けると、暗くてはっきりとは見えないがユウリが扉の前に立っていて。


「ユウリなんでここに…」

「兄さんに会いに。」


端的にそう言うと、彼は俺の元にスタスタ歩み寄ってきた。
アレクはユウリに頭を下げる


「ユウリ様、何か寝室にご不満でも御座いましたか」

「ないよ」

「それでしたら…」

「二度も言わすなよ。兄さんに会いに来た」


ユウリがアレクに冷たい目を向けた。アレクは何かを言いかけたが、一度口を閉じ「失礼致しました」と謝罪する

そしてそのまま、「それでは私はこれで。良い夢を」と俺とユウリに言って部屋を後にした。


「ユウリ…!」


そんなひどい態度を取らなくても、と彼の名前を呼ぶ
どうしてアレクあんな態度を取るのか。


「あんなの、ただの一使用人じゃん」


ユウリは俺になにを言いたいのか。ただの使用人だから、執事といえひどい態度を取っていいってことか?


「…アレクは俺の執事だぞ。」

「・・・そんなに怒らないで。」


ユウリが静かにそう言った
そのまま俺の頬にするりと手を伸ばしてくる。アレクの手より幾分か冷たい手。…もしかしてしばらく外で俺らの会話を聞いていたんだろうか。


「・・・どうしてここに?」

「眠れなくて」


弟のその態度に少し呆れながら、理由を尋ねた。
眠れない、まあ、慣れないところは眠りにくいけど…


「居心地が悪いか?」

「…そんな感じ。一緒に寝よ」

「はっ?」


弟の言葉に度肝を抜いた。
弟とは言え、彼は18だぞ。


俺の驚きの声に特に反応もせず、ベッドに潜ってきたユウリ

広いから窮屈ではないけど、それ以前に問題は色々ある。


「いいじゃん、久々に一緒に寝ようよ」


寝転がったユウリが俺の腰に腕を回す。そしてそのまま力に引かれベッドに倒れこんだ。



「っおい、ユウリ…!」

「兄さんあったかい」


足も絡められて、逃げることが出来なくなった。足までひんやりしている。


「ゆ、ユウリ…こんな広いんだからそんなくっつかなくても…」

「んー。」


彼の柔らかい髪が首筋をくすぐった。反応しまいと、意識しすぎて体が硬直する。

ただでさえ人肌に慣れてないのに、こんなに密着されたら慌てるほかない。

ユウリは俺のそんな様子を見てどう思うかわからないけれど



「…ランプ、消していいか。」

「どうぞ。」


少しユウリの拘束が緩くなってる間にランプの火を落とした。

俺の頭の下にユウリの右腕
抱きしめるように俺の体に絡まってるユウリの左腕

右腕、そのうち痺れるんじゃないか…?



「なに、緊張してるの?」



ユウリがおかしそうに笑った。
そんなわかってしまうほど俺はガチガチしてるのか?


「お前だってわかってるだろ。俺は人肌に触れることがあまりない立場なんだよ」

「兄さんは紳士だもんね。フィンセントとか俺と違って。」

「・・・」


フィンセント兄様はまだわかるが、どうしてそこにお前が含まれているんだ。

そういう歳だからか?


「でもそうじゃないと困る」


ユウリがまたわけのわからないことを呟いた

ギュッと俺を抱きしめる腕が強くなって俺の後頭部におでこをつけてきたユウリ

…本当にこの態勢で寝るのか?本気で?



考えれば考えるほど、眠気が遠のいていく。
ユウリは、眠れるのか?異母兄とこんなくっついて寝ても。




「少し、離れないか」

「嫌だな。」


どうして。
寝づらいにも程があるだろう。ユウリの右腕だって痺れてしまうし。


「これでも、足りないくらい」

「…は?」


意味が分からなくて、疑問の声があがる

そんな時、ユウリの手が俺の腰を触れた。

ゆったりとした手の動きで俺の骨の位置を探るようにして手を滑らせるユウリ


「ユウリ…?」


その触り方に違和感を覚えた。

振り向こうにもユウリが俺を後ろから抱き締めてるから出来ない。

けれど、ユウリの冷たい手がシャツの中に入ってきた時、さすがにおかしいと気付いた


「どこに手を入れて…!」


慌てて、ユウリの手を掴んだ
普通の兄弟はこんなことしないはずだから

そんな俺の反応にふふ、と小さく笑うユウリ


「いつも初々しい」

「はあ?……ぅあっ!」


耳にキスされた
予期してなかった刺激に変な声が漏れる俺

そんな俺の反応に気を良くしたのか、今度は耳を舐めてきた



「〜〜〜っ!!」


ゾクゾクと、くすぐったいような甘い痺れが背中を這う

今度は声を出すまいと口を反射的に押さえたが、それでも体は思い切り反応していた

それを見てまた笑うユウリ


…もしかして俺の反応見て楽しんでるのか?



「ユウリ、いい加減に…」


「やめないよ」


わざとらしく吐息混じりでそう囁かれた

さっきの刺激で耳が敏感になってるのかそれにすら声が漏れそうになる


「兄さん、耳弱いの相変わらずなんだね」

「っ、そんなこと…」

「そんなことあるから、そんな反応しちゃうんでしょ?」


その言葉で羞恥に襲われた
カカカ、と顔に熱が集まるのがわかる

今、部屋が真っ暗でよかった…
こんな間抜けな顔、見せられない



けれど、安心してるのも束の間ユウリの掌が動いた

ギシリ、ときしむベッドと布が擦れる音だけが部屋に響く中、

俺の胸に、彼の手が。


…思考が止まりそうになった


「ユウリ、何して、」


俺の、しかも男の胸を触ったところで柔らかくもない。
そういうのに無知な俺でもユウリの雰囲気が少しおかしいのに気づく。


「ユウリ…?」

「・・・」


返事をしないユウリ
代わりに彼の指先が俺の胸の突起を掠めた。

その瞬間、体に甘い刺激が走る


「っ…ぅ…」


無意識に漏れた鼻にかかった自らの甘い声

そんな気持ち悪い声が静かな部屋に響いた。

やめろ、と言いたかったけど口を開けばまたあの声が漏れそうだから、必死に唇をかむ

わざとらしくゆったり指の腹で突起を転がすその動きに、熱い吐息が漏れた


「声出せばいいのに」


弟がおかしそうに笑った

そんなこと、出来るか。

必死に弟の手を引っ張るがビクともしない。こんなに力の差があったことに驚く。

時折、無い胸を揉んでは人差し指と中指の間に突起を挟んだりして俺の反応と感触を楽しんでる様子の彼。

その悪戯に耐えられるほどの忍耐を持ち合わせていない俺は下半身がジクジク熱くなるのを感じた


どうすればいいんだ

どうすれば、彼はこの行為をやめてくれる?



必死に色々と我慢をしていると、俺の服からやっと手が抜かれた。一気に安堵のため息が漏れる


が、毛布を剥いで覆いかぶさってきたユウリにまだ終わりじゃないことを悟った


「兄さん」


暗くてもわかる、ユウリの艶めかしい表情

一応、半分は血の繋がった兄弟なのに。
俺より5つも年下なのに。

俺は、今弟にベッドに押し付けられている。




彼のエメラルドの瞳が、微かに燃えているのが窓から微かに漏れる光でわかった





「どうして、」





片手でシャツのボタンを外されながら、ユウリに聞いた

どうして、ユウリは俺にこんなことをするんだ。



「どうして?」



ユウリがおかしそうに繰り返した。
俺のボタンをはずし終わったからか、自らのボタンもすぐに外して上を脱ぎ捨てたユウリ


目の前に、自分以外の男の上半身があったから顔を逸らす
1年前より、ずっと引き締まった体になっているユウリの身体

今の俺にはあまりにも刺激が強すぎた。


「そんなの、わからないほど兄さん無知じゃないよね。」



そう言って、俺の顔の横に置かれた逞しい腕
さらに距離が近くなって逃げ場を無くす


「…人の気持ちまで、俺はわからないよ…」

「言わなくても、わかってるでしょ。兄さんを抱きたいからだよ」



何の悪びれもなく、彼はそう言った。
顔を背けていた俺の頬を優しく撫でながら。

この言葉に俺がどれだけ絶望したか。



「…それがわからない」

「・・・・。」



ユウリが黙った。

相変わらず頬を撫でる指先が優しくて、怖い。


チラリとユウリに目を向けると、またあの冷めた瞳。
さっきまであんなに熱があった瞳が、ここまで冷めるものなのか。




「兄さんは、優しいのか酷いのかわからないね。」

「・・・え?」

「こういう行為したくないなら、はっきり俺を拒絶すればいいのに」



ユウリが嘲笑しながら、そう俺に言い放った。

彼の言葉に、俺はただ彼を呆然と見つめる

拒絶してみて、って

俺はこれでも、してるつもりなのに。


「知ってた?兄さん俺にはっきりやめろって言ったことないの。言えばいいじゃん。『こんなことするお前は気持ち悪い』って。」

「そんなこと…」

「思わないわけがないよね。でもそれでも俺に言わないのは、それで俺が傷つくって事を兄さんがわかってるからだよ。」


この言葉に狼狽した

…確かに、
俺は彼をはっきり拒絶したことがない。出来ない。

そうしていつもずるずると彼と…。


「あんな可愛い反応しておいて、被害者面?」

その言葉に、何も言えなくなる俺。
被害者面なんて…
でも、彼からしてみたら拒絶をしない俺が悪いのかもしれない。


ユウリは、怖いくらい俺の心の内を知っていた。今まで無意識にとっていた行動の理由まで


例え異母弟だとしても、俺の可愛い弟だ。俺を唯一慕ってくれる存在。


そんな唯一の存在を拒絶したら、俺は一人ぼっちになってしまう


それが、恐ろしかった



「兄さんは、狡い」

「・・・」

「そうやって、俺を利用してる」


ユウリの言ってることは正しかった。

俺は彼を、俺が1人にならないために縛り付けてる。俺に。



「きっと兄さんは、他に心を寄せる存在ができたら俺を捨てるよ。」

「そんなことは、しない」

「そう言い切れる?我慢してるだけで本当は俺に抱かれたくないんでしょ?」

「そ、…れは」


嫌じゃないと言ったら、嘘になる
だから言葉が詰まった


「でも、別にそれでもいいよ」


ユウリが、頬を緩めた
その表情が予想外すぎて、「は?」と吐息のような言葉が漏れる




「そんな奴、俺が兄さんの前から消してやるから」





・・・その時、アレクの顔が脳裏に浮かんだのは、


何故か。





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