17
侑くんの手は大きい。俺の手をすっぽり包んでしまうくらいには。
きっちり俺の指と結んでくる侑くんの指先の熱さに手全体がじわじわと熱くなる
なんで、こんな。
こんな、恋人みたいな繋ぎ方。
けたたましいアナウンスですら俺の耳には入ってこない。なんか言ってるけれど、そんなものをかき消してしまうくらい侑くんのこの行動は、俺を驚かせた
「み、みんな見てるよ」
侑くんは今まで絶対、こんなことを人前でするような子ではなかった。人前じゃなくても絶対。むしろ俺が侑くんの手を繋ぎにいっても拒否されていた。
だというのに、今は侑くんの右手が俺の左手を握ってくれている。
侑くん、何を考えてるの。
「外そうか?」
俺の呼びかけに、侑くんはそう聞いて来た。俺は言葉に詰まる。そんな。俺がそんなこと望む筈ないって、侑くんわかってるだろ。
俺は侑くんの視線から逃げるように目を足元に向ける。恥ずかしさでもごもごしてまうが、首を横に振りながら否定の言葉を口にした
「このままが、いい、です…」
離さないで、という気持ちを込めて侑くんの右手を握り返す。小さい声だし、おまけに息もあがっているから侑くんに聞こえたかわからない。けど、侑くんが俺の手を離すことはなかった。
ずるい、侑くんはきっと俺の考えなんてお見通しなんだ。俺が離れたくないのを知ってる上で、外そうか、なんて意地悪言って俺に拒否させて。俺は侑くんが何を考えてるのかわからないのに。
俺は侑くんに手を引かれながらひたすら走る。長いスカートがこの時ばかりは迷惑だった。短いスカートだったらもっと足を前に伸ばせただろうか。
結局、俺の足の遅さのせいで3着。
「っはっ、はぁ、」
ゴール地点に着いたとき、俺の呼吸は過呼吸を起こしてると思われてしまうほど荒かった。
申し訳なさすぎる。侑くんが3位なんて俺のせいだ。
「ご、ごめんね、侑くん」
今はお題発表の順番待ち。
胸で浅く呼吸を繰り返しながら、侑くんに謝った。
汗が止まらない。なんて情けないんだ、俺。
「なにが」
「だって、俺のせいで、3位に…」
ほかの人だったら絶対1位だったのに。申し訳なくて顔をあげられずにいたら、侑くんの右手が俺の左手から外れた。
あ・・・。
スルリと抜け落ちる侑くんの指。冷えた空気が俺の肌に流れる。
そりゃあ、ずっと繋いでるわけにもいかないけど…
「3位でも充分だろ、そもそも順位なんて気にしてねーし」
「いや、俺のせいで侑くんが3位なんて俺が許せない」
だって侑くんの速さだったら間違いなく一位だった。途中で小鳥遊たちに抜かれることも、誰だかわからんやつに抜かれることもなかった。
俺がぐちぐち言うせいか、侑くんは面倒臭そうにため息をついた。俺はビク、と肩を揺らしながら侑くんを見上げる
め、面倒臭すぎたかな、俺。
「…そんなうるせーんだったら俺がお前のこと担いでやれば良かったな」
そうすりゃもっといい順位取れた、と言う侑くん。
えっ
「お前もここまで汗だくになることなかっただろうし」
侑くんは俺の汗で濡れてる顎に触れた。人差し指の腹で、猫の首を撫でるようにして俺の首から顎にかけて汗を掬う。
ゾクゾクと背中に流れる震えに耐えながら、やっとの思いで返事をした。
「そ、そんなの絶対無理…っ」
侑くんが俺を抱えることなんて、そんなの絶対させられない。どんな持ち方にせよ、侑くんの体力を削らせるようなこと出来ないし、そもそもそんなことされたら俺まじで死ぬ。
「千歳はいいのに?」
ち、千歳?
反射的に顔を上げてしまった。
けれど目の前にあまりにも格好よすぎる顔が広がって慌てて視線を逸らす。
ぐっ…!
なんでこんな、格好いい仮装に当たっちゃったんだよ侑くん。執事って。余計に直視できないじゃないか
「千歳だったらいいとか、そういうんじゃない、けど、」
侑くんの肩口らへんを見ながらしどろもどろに答える。本当に千歳なんか正直どうでもいいのだ。ただ、侑くんにそんなことさせられないってだけで。
「けど?」
侑くんは俺の顔をグイ、と持ち上げた。容赦なく侑くんの茶色の目にとらえられてしまう。まるで、俺が侑くんから逃げてるのが気に食わないとでも言うように。
ち、近い…
侑くんが俺に触れてることも、顔が近すぎる今の状況も俺をクラクラとさせた。息がうまくできない。いくら、侑くんが他人との壁になってるからと言って、この場所でこの距離はまずい。
「ゆ、侑くんに、俺のことを運ばせるなんてさせられないよ」
「…お前1人くらい余裕だけどな」
「そもそも、あれは全部千歳が勝手にやったことで…っ」
その時ふと、千歳とのキスを思い出してしまった。あの深すぎるキス。
侑くんはあれをみてしまっただろうか。最悪だ、千歳のせいで、くそ。
俺が顔を赤くしてるのを、きっと侑くんは気付いたのだろう。そして千歳とのキスを思い出して羞恥に悶えていることにも。
「・・・。」
侑くんは黙ったまま、俺を静かに見下ろした。
侑くんの親指の腹が僅かに俺の唇をなぞってきて、嫌でも千歳とのキスを思い起こしてしまう。
み、見られたんだやっぱ。
「ほっ…本当に、千歳が勝手にやったんだよ、全部」
同じことを二度繰り返してる時点で言い訳がましすぎると自分でも思ったけど、言わないわけにはいかなかった
何故か知らないけど侑君には弁明をせねばと思って視線が泳いでしまう
俺がキスを提案したわけじゃなく、あっちが勝手にしてきたことだと。これ、すごく大事。
「その千歳を選んだのはお前だろ」
「うっ」
その通りすぎて言葉に詰まった。確かに、千歳を選んだのは俺自身だった。違う人を選んでればたぶんあんなことには絶対ならなかった。お姫様抱っこも、キスも。
うぅっ、もう、
俺はどうすればいいんだ…!
なんだか気まずくて俯きながら黙りこむ。
そんな俺にまた小さくため息をついた侑くん。
「お前が誰とキスしようが、俺が口出すことじゃねえよ。…千歳はああいうやつだし」
千歳はああいうやつ。
侑君のその言葉にちょっとホッとする。侑くんも千歳のことよく知ってるから俺が必死になる必要もなかったかもしれない。
侑くんはそう言いながら少し体を屈めた。俺の頬を滑る侑くんの指。
微かに俺の前に影が出来る。
…というか、なんか、
影が大きく…?
どんどん大きくなるその影を不思議に思いながら見上げた、
ら。
「・・・んっ」
一瞬、ほんの一瞬、
チュウ、と唇を吸われた。
あっという間すぎて何が起こったかわからないくらい短いキス。
ほぼ俺の唇に押し付けるようなそれ。
唖然としながら侑くんを見上げると、ちょっと不機嫌そうな顔をしていた
「でもむかつく」
俺の顔から手を離した侑くん。
その言葉を最後に侑君が俺の前から立ち去り、少し離れたところに別の人たちが駄弁っている光景が目に入る。どうやら、今の俺らの様子を見た人は一人もおらず、俺だけが一人、すべてから置き去りにされてる状態に。
へっ…?
わけがわからなくてその場に立ち尽くす。
今、俺、なんか、侑くんに、
・・・。
棒立ちのまま、自らの唇に指を這わす。
確かに、侑君は俺の唇にキスをした。一瞬だったけれど、そこまで妄想してしまうほど俺は頭はイカれていない。
ちょっと待って、
侑くんなんて言ってた?今ので全部、頭から吹っ飛んだ。
侑くんに、き、ききき、きす、
「住吉さん、」
その時、名前を呼ばれた。
急に名前を呼ばれた気がして身体を盛大に揺らしてしまったが、さっきから何度も俺のことを呼んでいたらしい。階段のところに、気まずそうな表情を浮かべたスタッフが。
「あ、ああ…っ!」
出番か、とすぐに思った。そういや今出番待ちだったんだ俺ら
侑くんはどこにいるのかと探すがすでにこの場からいなくなっていて、たぶんもう階段を上がったのだと知る。
え、えぇ…待って、俺、今この状況でみんなに晒されるの
自らの顔に手を這わすが、かなり熱い。
しかもなんか、足腰フラついてるし。
侑くんの隣で、変な顔せずに立ってられる自信ないんだけど。
「侑くん、…あ、弟はどこ行ったんですか」
「えっと、ここの階段あがった右のカーテン袖に、その…お、弟さん?いらっしゃるので…」
やたら余所余所しい態度で彼は俺に侑くんの居場所を教えてくれた。一切目を合わさず、それどこらか、彼も何故か顔が真っ赤。
「・・・?」
何となく、嫌な予感がした。この挙動不審な感じ。
あれ、これもしかして…。
俺は彼をジッと見つめながら彼の横を通ったが、一瞬目があったあと顔を逸らされた。そして「それでは失礼します!」と言いながら俺から逃げるようにズダダダと階段を下りて行った彼。
それを見て、予想が確証に変わった。
俺、この人に、
侑君にキスされたところ見られたんじゃ…。
「・・・。」
それはまずくない!!!!?
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bkm