誤算、伝染中 | ナノ
16

侑くんは小鳥遊と違って、ファンサすることなく走りだした。
小鳥遊はその間にもカードを引いていて、俺らの方に向かってきている。


「小鳥遊くん何引いたんだろ」


紫乃さんがこちらに向かってくる小鳥遊を見ながらそう呟いた。
うーん、まあなんでもいいけど…。

つか俺は侑くんから目が離せない。
なにあの殺人級の格好良さ。なんで、そんな、おでこ見せるようなことしてるのまじでかわいいんだけど。

あんなの全校生徒に見せるなんて、そんな、
侑くんファンが増えちゃうじゃないか!!!!


「涼さーん!ちょっと来てくれませんかー!」


俺が侑くんに夢中になっている時、最悪なことに小鳥遊は俺の名前を呼んできた。
手をぶんぶん振りながら、俺を手招きするなんちゃってポリス。

は?


「いや、絶対行かないよ」

「えぇっ、お願いしますよ。というか、まだその可愛い格好なんですね」

「うるさいな!」


だから行きたくないんだよ!そもそももう走りたくないし。
だというのに、なかなか引き下がらない小鳥遊。

つかなんてお題引いたんだこいつ。


「何引いたの?身長小さい人とか?」

「いえ、『先輩』です」

「めっちゃざっくりとしたお題だね…」


びっくりなんだけど、急に雑になりすぎでしょ。
有岡さん作ってる最中絶対飽きたな。


「それなら別に俺じゃなくていいじゃん、千歳連れてったら」


先輩なんてそこらへんにたくさん転がってるし。
そもそも俺なんかが行くより足が速い人を連れてった方が絶対いいに決まってる。

するとあからさまに微妙な顔をした小鳥遊。
なんだその顔。


「パス」


小鳥遊が千歳に聞く前に、千歳が拒否した。
はあ〜〜?行ってやれよ!
どっちにしろ俺はまじで行きたくない。
し、行かない。

俺は強い意志で、椅子から立ち上がらずにひたすら断り続ける。

そんな時、小鳥遊の後ろ側から再び俺を呼ぶ声がした。


「涼!」


聞き慣れた声。
その声に、胸が大きくギクリとする

な、
なんでここに


突然俺の前に現れた侑くん
きっちり絞められた黒のネクタイに、同色の上着を着ている。少し息を弾ませ、髪がわずかに乱れていた。


驚いたのは俺だけではなかったらしく、小鳥遊も目を見開いていた
なんでここにいるんだ、と俺と同じ顔をしてる

しかし小鳥遊を素通りして、侑くんは俺の前に来た。


「お前走れる?」


固まっている俺に向かってそう聞いてきた侑君。
俺は状況に頭がついていけずに、故障したロボットみたいに動きがギクシャクしてしまう。

ゆ、侑くんが俺を迎えにきてくれた
でも俺今こんな格好だし、かといって、侑くんが俺のところにきてくれたのはうれしくて堪んないんだけど

周りからめちゃくちゃ視線を感じるけれど、そんなの気にしてらんない

あの侑くんが、俺を。


「えっと、その…、」

「今ヒール?つかなんでその格好…」


侑くんもほかの人たちと同じで俺の姿に驚きを隠せないようだった。
俺は恥ずかしくなりながら、どうにか答える。


「スニーカー…だけど、俺、足、遅いから…」


いくら靴がスニーカーとはいえ、この格好だし、そもそも俺は足が遅いし。
俺といったところで侑くんにはなんのメリットもない。どんなお題かはわからないが、俺より適した人はいくらでもいるだろう。

俺じゃない方がいい、と侑くんのお願いをどうにか断ろう顔を上げる。

けれど、侑くんの顔を目の前で見て失敗したと思った。


「そんなの別にいい」


あまりにも、大人びた侑くんが俺を見下ろしていた。
いつもと少し違う髪型。
相変わらずの真っすぐな目。

一瞬で俺の心臓がはじけ飛んだ。


「へっ、」


俺の息が止まっている間に、侑君は俺の手首をつかんだ。
有無を言わさないこの感じ。俺が断る隙すら与えてくれない。
俺は侑くんの力に勝つことなんてできないから、引きずられるようにして立ち上がる。

小鳥遊の隣を横切るとき、小鳥遊と目が合った。
ぱちくりとしながら俺をみていた小鳥遊。見てないで助けてくれよ!

俺は侑くんに掴まれている手首をぐるぐるする視界の中にとらえる
俺の足の遅さに合わせてくれてるのか、少し遅めのペースで走ってくれる侑くん

熱い
あつい、ひたすら熱い

この熱は、俺がメイド服だからとか、そんなのが原因ではない。


「ゆ、侑くん、」


歓声がうるさいけれど、侑くんに全神経が集中していた。侑くんの指先の熱。それが俺の手首にじわじわ溶けていく。なんで、俺を。

侑くんは俺の小さな声を聞き取ってくれたらしく、こちらを見下ろした。


「なに。早い?」

「ちっ、違う、…えっと、」


本当は言いたいことがある。
なんで俺を選んだのかとか、手離してくれても俺走れるよ、とか。

でも手離して欲しくないのも事実で。


俺はそんなジレンマと闘いながら、チラチラと手首を見ていた。

それに気づいたのか、侑くんも俺の視線の先に視線を向ける。
俺の手首をつかんでる大きな手。


「…ああ。」


侑くんはそれだけ呟いた。
てっきり、手を離しちゃうのかなと寂しくなる。
けれど、侑くんは俺の予想とははるかに違うことをしてきて。

俺の指先に絡んできた温かい指先。


「転ぶなよ」


さっきより、明らかに肌が密着する繋ぎ方に脳の活動が停止する


へっ・・・


唖然としている間にも、体が引かれた。
侑くんが走り始めたから。

俺はどうにか足を動かすけれど、意識はすべて俺の左手。

侑くんが俺の左手を掴んでいる。
掴んでいるだけじゃない、指先を絡めている。一本一本、離れないようにしっかりと。


侑君の体温を思い出してしまった。
俺はもう、何も考えられない。



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bkm