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歓声やらなにやらでうるさいギャラリー
視線を浴びまくっているためさっさとゴールしたいのが希望だった
だから俺は恥を捨てる
「千歳!」
キャーキャーうるさい声の中、千歳の名を呼んだ
メイド服という、めちゃくちゃ恥ずかしい格好。しかも化粧も鬘も被っていないから顔はまんま俺。
こんなナリでこいつの前に立つのは本当に嫌で仕方ないがこの際なんだっていい。消去法でお題に適するやつはこいつしかいないんだから
「今すぐ俺と来て」
息を弾ませながらお願いする俺を、千歳はいつも通りの表情で見上げてきた。冴え冴えとしている薄茶色の瞳が俺を真っすぐとらえる。
うっ…
そんな見つめられると、まじで死にたくなるんだけど
なんか言えよ。それか盛大に笑ってくれ。
白いエプロンをぎゅっと握りしめて羞恥をどうにか耐えようとする。
が、千歳が爆笑することはなかった。
「有岡が気合いれただけあるな」
「あ?」
「様になってる」
そんなことを言いながら立ち上がった千歳。
いつもの上からな感じのうっすい笑みを浮かべて、俺の腰に手を回す
あっ!!?
「うるせえな好きでこの格好してるんじゃない!」
「褒めてんのに」
「メイド服が様になるって誉め言葉じゃねーから!」
千歳の手を払おうとやっきになるが、暴れたせいで足首がガクンッとなった。
ヒ、ヒールだったの、忘れてた…!
「うっ」
しかし倒れることなく済んだのは千歳が俺を支えてくれたお陰で。千歳との距離がグッ、と近づく。
途端に、耳をふさぎたくなるほどの「ギャー!!!」やら「フーー!」といった歓声が俺らに降り注いだ。俺はもう居たたまれなくて、顔を左の掌で覆う。やっぱり千歳を選んだのは間違えだったか?真澄にしておけばよかった。親友だし、妥当だろう。
千歳を選んだことを後悔し、完全に戦意消失していたら千歳が笑った。
「それにしてもお前、珍しくサービス精神旺盛だな。」
「・・・はあ?」
千歳の言っている意味がわからず、顔をあげて千歳をにらむ
サービス精神旺盛?どのこといってるんだよ。
メイド服着てることか?
「背中、がら空き」
その指摘とともに、俺の背中を滑った温かい感触。
千歳の手だ、とすぐに気づくが驚きすぎて動けない。滑らかな指先。
俺が固まってるのを良いことに、それが俺の服の中を探るような動きで直接腰まで触れてきた。隙間から入ってきた空気が、俺の脇腹を流れる
ギ、
ギャーーーー!!!!?
「おま、おま、まじでない、何してんの!?」
無我夢中で千歳を引きはがした。後ろに手を回して背中をガードする
人がいっぱい見てるっつーのに!!!堂々とセクハラしてきた!!!
人が見てなくてもアウトだけど!!!!
「親切に教えてやっただけだろ」
「親切って言葉の意味しってる?!普通に、普通に言えって!」
はっ、もしかしてさっきの男メイドは俺にこのことを伝えたかったんじゃなかったのか?うしろ、って言ってたし。
背中あいてますよ、って言えよ!
「ボタン締めてる時間が無かったんだよ…!」
背中ががら空きな理由を千歳に言う。一応後ろ手でボタンをしめようとしたけど、羞恥で手が震えて出来ない。クソ。
「つか、こんなことしてる暇もない!はやくゴール行かなきゃ!」
我に返った。
そうだよ、こんな言い争ってる暇なんてない。背中ががら空きなのも別に俺からしたら大した問題じゃないのだ。セクハラされるのは別だけど。
ゴール方面へ視線を向けるが、奇跡的にまだ誰もゴールしていないらしい。今から行ったらまだ3位入賞くらい狙えるのでは!?
「ちとせ、」と名前を呼びながら彼の腕をつかんだ、
その時だった。
俺の体が浮いたのは。
・・・・。
・・・・んえ?
「こっちの方がずっと速い」
まつげがぶつかりそうな程の距離で、千歳が俺にそう告げた。
千歳の揺れる前髪、俺の身体を抱えるしっかりした腕、すぐ近くで香る、俺が好きな香水の匂い。
俺が何か言葉を発する前より早く、千歳は走り出した。
『ああーーーっとこれはお姫様抱っこです!!!!!!!!我らが会長、三善千歳が愛らしいメイドをその腕に抱え颯爽に走り始めましたーーーー!!!!!」
ハウリングを起こすほど大きな声で実況者が興奮気味で叫んだ
それだけじゃない、もう会場中が煩くて仕方がない。爆発騒ぎだ。
俺は意味がわからずポカンとなりながら、千歳の腕の中で空を見上げていた
空が青い。
いや、それどころじゃないんだけど。
お姫様抱っこって。
「千歳、走りづらくないの」
我ながら馬鹿な質問をしたと思った。
何か声を掛けねば、と思って出てきたのがこれ。とりあえず、振動で大きく揺れる身体を固定しようと千歳のシャツをギュッと握る。落ちたら怖い。
「ほかの持ち方だと背中丸見えになるけど」
千歳がちら、と俺を見下ろしながら言った。
…。なんだよその配慮。急にイケメンなこと言ってんじゃねーよ。俺は気にしないのに。
つか俺、もたれること前提なのか。
「涼、掴まるなら首に腕回せ。その方が走りやすい」
さすがに人間を持ちながら走るのは疲れるのか、千歳の息が上がっている。あの千歳がだ。
急にすごく申し訳なくなって、すぐに首にしがみついた。首から香る千歳の匂いが直に脳を刺激する。早く終わってくれ。何故か心臓がばくばくと言い始めて苦しい。目を瞑ってそれに耐えようとする
「普段からそういう可愛い態度俺に見せろよ」
「うるさいな。」
いつも可愛いだろ。
小さく呟いたつもりだが、聞こえたらしく千歳が微かに笑った。
ふと目を開けて千歳の肩越しに俺らの後ろを見ると、苦戦しながら走っている組が何個か見える。
どうやら俺は千歳のおかげで最下位を免れたらしい。
しかも、アナウンスが言う感じだと俺らは1位だとか。
…本当、千歳様様だな。
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bkm