誤算、伝染中 | ナノ
5

ふと視線を感じて、顔をあげたら千歳が俺のことを見ていた。
真澄と何か話しながらも、視線は俺に。

そして、俺と目が合ったと思ったらス、とその視線が外れる。


いや。
何見てんだよ。


「来週テストだけど、どう?順調?」


千歳の無言の視線にイラッとしていたら、紫乃さんが俺に話しかけてくれた。来週は、紫乃さんの言う通り中間考査。

あー、忘れてたな。
全く勉強してないからあまり良いとは言えない。


「順調ではないですね…というかもうそんな時期、って感じです」


侑くんが入学してくれたお陰か、一か月何てあっという間だった。
正直勉強なんてそれどころじゃない、って感じだったし。先週とか特にそうだったし。…うん…。


「そんなことより、どっちかと言ったら運動会の方が嫌です。なんでこの前鬼ごっこみたいなのやったばかりなのにまた走らなきゃいけないんですか」


イベント詰めすぎなんだよ、ほんと。受験生が可哀そうと思わないのか!

運動会は他にも種目はあるけど、大抵の種目は走ってる。
走らない種目って、綱引き?とか、大繩、球投げ。
綱引きは掌痛くなるし、大繩はタイミング取れなくて引っかかるし、球投げが一番楽だ。ほかの人たちに頑張って貰えばいいんだし。


「涼さん、本当に運動苦手なんですね」

「うるさいよ、小鳥遊は仕事してろ」

「わぁ、ひどい」


というか俺が運動苦手かどうかはオリエンテーションでわかってるだろ。改めて言うなよ、俺だって恥ずかしいんだから。

でもあれなのかな、普通の人からしたらこういう閉鎖空間にいたらつまらないからイベントが多い方が楽しいのかもしれない。俺は全く興味ないけど。


「会長、今年はチーム分け方法どうする?」

紫乃さんが千歳に聞いた。
今年偶数奇数で決めたら奇数組やばいことになる。出来るなら、千歳か、真澄と一緒の組がいいな。俺何もしなくていいもん。


「今その話してましたけど、たぶんランダムでしょうね。うまくバランス取れるように設定しなければですけど…。」

「企画内容はほぼ去年と一緒でいいかな」

「大枠は一緒でいいと思います、中身は少し変えましょうか。」


紫乃さんと真澄が真面目な話をし始めた。
俺は少し身を引いて二人が話しやすいようにする。有岡さんは何してるんだろう、と思ったら暇そうに爪を眺めてた。あ、爪の色赤になってる。


「コーヒー飲む人ー?」


話がまとまるまで暇になりそうだな、と思ったから席を外すことにする。立ち上がった俺に升谷が慌てて立ち上がるけれど、座らせた。俺は暇だからやるのであって、暇じゃない人は別にお茶汲み何てやらなくていい。


「涼ぉ、俺紅茶がいい〜」

「はーい、じゃあ他コーヒーでいいですね。升谷くん、コーヒー飲める?」


一応、飲めなかったら可哀そうだから聞いてみた。
有岡さんは、コーヒーは体温が下がるだとかなんだとか言ってあまり好んで飲まないらしい。俺は苦いからあまり好きじゃないから紅茶。


「こ、コーヒー、で!」

「飲めるんだ。意外。」


意外とか言ったら失礼か。
でもほら、可愛い系だから。

ということは、紅茶2のコーヒー6でいいかな。
侑君はコーヒー派だし、小鳥遊は知らないけど、たぶん何も言ってこないってことは飲めるんだろう。

頭の中に数字を叩きこんで、生徒会室の端にあるミニキッチンのところにいく。ミニキッチンと言っても、流しと電気コンロが一個しかないのだけど。あとケトルと誰がおいてったのかわからないコーヒーメーカーもある。

紙コップを取り出して同時に紅茶のお湯とかも沸かしてたら、コップを一つ誰かに取られた。

後ろに人がいた事に気づかなくて、吃驚して後ろを振り向く
すると千歳がいた。


「うわ、なんだ千歳か」

「…お前さっきからちゃっかり敬語抜けてんだよ」

「敬語…?ああ、別に、今は2人だからいいじゃん」


そういえば確かに千歳が出現したとき普通にタメ口きいちゃった気がする。この謎制度本当面倒くさいんだよなぁ、千歳に敬語遣わなきゃいけないのも嫌だし。

指摘しながらも、千歳自身も俺と思っていることは同じらしく特に反論してこなかった。自らコーヒー豆の準備をして紙コップにコーヒーを入れていく千歳。…お前はあの話し合いに入らなくていいのか。

そして、少しの間の沈黙。
別に話すことなんかないからいいんだけど、と思いながら作業を進めていたらコーヒーの良い匂いがふわりと漂ってきた。

そして、すぐ隣に千歳の気配を感じて手が止まる。
隣というか、半分被さるようにして千歳が俺の耳元に顔を寄せてきた。

えっ、


「"愛しの侑くん"と何かあったみてーだな」


千歳は俺の耳にだけ聞こえるような声で聞いてきた。
含みのある声色。

俺は驚きと動揺で、手元にあった紙コップをバラバラと倒してしまう羽目に。

あ、
あぁっ


「ちょっ、な、なん、なに…?なにが?」


倒してしまった空の紙コップにしまった、と思いながらも俺は出来るだけ平静を保とうとする。すでにドモってしまってますが。

あからさまな反応を見せる俺に笑う千歳。
倒しまくった紙コップを、俺の代わりに立て直している。


「別にお前らのことに口出すつもりはねえけど、わかり易すぎんだよお前」

「…な、何の話かわからないね」

「紫乃の顔みたかお前」

「は?」


千歳曰く、紫乃さんですらあの空気を察して『俺なんかまずいこと聞いた…?』って表情を浮かべていたらしい。千歳はひっそりと爆笑してたらしいが、俺からしたら全然笑えない。

空気読むことがあまりない紫乃さんですらちょっとおかしい空気察しちゃうレベルに変なやりとりだったわけでしょ?
え、てことは、ここにいる全員『住吉兄弟なんかあったな』って思ってるわけ?

う・・・うわぁ・・・

じわじわと熱くなる顔。

どうにかして、変な勘違いされないように、と千歳に弁明することにした。


「実はさ、ちょっと侑君と、喧嘩?みたいなの、しちゃって…」


嘘だけどね!俺と侑くんが喧嘩するわけないでしょ!
けれど他に言い訳を思いつけない。
俺は必死にとぼけようとしたけれど、千歳には無駄だった。


「で、実際は?」


そう言って、首を傾げる千歳。しかも笑ってるし。
実際は?じゃねえよ!
たまには俺の嘘を信じろよお前!


「実際もなにも、本当の事だし、」

「・・・まあ、侑介に聞くからいいけど。」

「っそれは!」


侑くんの名前が出て、反射的に千歳の腕を掴んでしまった。
俺と目が合う千歳の瞳。
なんかちょっと、びっくりした顔をしてる。

そして、我に返った時ブワワ、と顔が熱くなるのがわかった。

お、俺、何必死になってんの。
なんかほかにも受け流し方あっただろうに。


「・・・。」


俺の顔を見ながら無言になる千歳。
そして数秒、俺を見下ろした後馬鹿みたいな事を聞いてきた。


「ついにキスでもされたか」

「!!!?」


図星すぎて心臓が口から出そうになった
キス以上に色々あったけど、こいつの勘の鋭さはぶっ飛んでる。

なんでばれた
てか、『ついに』ってなんだよ『ついに』って!


「き、きすなんて、そんなの、するわけないじゃん、俺ら兄弟だよ」

「へえ」

「やめろその顔!ちがう!本当にちがうから!」


こいつの『へえ』ほど怖いものはない。絶対勘違いしてる!いや、本当は勘違いではないけど、勘違いってことにしてほしいっていうか、

うわ、しかも、俺の弁明聞こうともせずコーヒー飲み始めてるし!


「えっ、聞いてる?ねえ、変なこと考えてないよね?」

「侑介に聞くからいい」

「それはまじでやめてくれないかなっ」


千歳が侑くんに聞いたら、侑くんはなんて答えてしまうのだろう。
侑くんのことだから、千歳には本当の事を話してしまう気がする。そんなこと、千歳になんか知られたくない。こんな駄目な兄を好きだなんて、そんなの、侑くんにとって明らかに気の迷いだし、間違ってるもの。


「本当に、なにも…なにもないから」


なにもなかったことにしたい。
そう思えば思うほど、その秘密はどんどん大きくなってって隠せずにボロボロ零れてる気がする。だから、怪しまれちゃうんだ。

千歳に「だからほっといて」と、小さな声でお願いした。
ほっといて、っていうのもおかしいか。言葉選びを間違えた。
でももうすでに言ってしまったから仕方ない。


「…そうかよ。」


千歳はそれ以上俺に聞いてくることはなかった。
俺はそれにホッとする。

けれど、何故か俺にデコピンを一発。

痛ッ、え?


「何でデコピン」

「なんとなく」

「は!?」


おでこを抑える俺を一瞥して、そのままコップを片手に皆のとこに戻ってた千歳。
侑くんにこの話題を出さないでほしいっていう思いは伝わったんだろうか。

てか、今の理不尽デコピンは一体なんだったんだふざけんな



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bkm