誤算、伝染中 | ナノ
4


「升谷くん、さ、その、」


俺は勇気を振り絞って、升谷に聞くことにした。
升谷の袖を引っ張って、少し真澄たちと距離を取るように促す。

俺に呼ばれたことで大きな目をさらに見開いて俺から見てもわかるくらい真っ赤になった升谷。


「へっ、あ、は、はいっ!」


俺が距離を縮めたせいか、升谷が仰け反りながら返事をした。

声でか…。


「ちょっと変なこと聞いても良い?」

「ぼくで答えられるものでしたら、なんでも…!」


変な事ってわけでもないか。
普段の俺だったら聞くようなことだし、何もこんなコソコソしながら聞くようなことでもない。堂々としてればいいのに、何故か出来ない。


「なになに何の話ぃ?」

「だめです!有岡さんはちょっとあっち行っててください」

「え〜、生意気〜」


唇を尖らせながらブーイングする有岡さん。あっち、というのは真澄のところ。余計不満そう。はやく紫乃さん来てくれ。


三人が近くにいないのを確認してから、升谷の肩口に手を置いて耳に唇を寄せる。
そして、いざ質問しようと口を開いたら「ああああの!」と止められてしまった。


「す、住吉様、ちかいです、」

「・・・は?いや、我慢してよ」

「ご、ごめんなさい」


耳まで真っ赤な升谷
本当に俺のこと好きなんだな、とか思いながらもいい加減慣れて欲しいとも思う。

というかまた『様』呼びになってるし。
素になると様呼びになるってどうなの。


「その…侑くんのことで、聞きたいことが…」


ドキドキと胸が大きく脈打つのを感じながら、本題に入る。
あー、なんで俺、ほんと、こんなコソコソ聞いてるんだろう。
逆にあやしいじゃんか


そして、案の定、こちらをキョトンとしながら見た升谷


「へ?侑介くんのことですか?」

「声に出すなよ!」

「い゛っ〜〜〜〜〜!」


はっ、反射で頭突きしてしまった
お互い頭を抑えて蹲る。なにやってんだ俺!というか痛い!


「ど、どうしたんですか、住吉様、」

「サマ付けやめてって言ってんだろ、てか、どうもしてない、休日の間どうだったか聞きたいんだよ」


二人で床に蹲りながらコソコソやりとりをする。おでこいたい、痛い、でも、侑くんが来る前に休みの侑くんを予習しておきたい

つかやっぱり変なのか俺がこんなコソコソしながら侑くんの事聞くの


「休日って、いつの休日ですかっ…」

「こっち戻ってきてからの侑君総まとめでいいから」

「総まとめって…」


真面目な升谷が必死にこの数日間のことを思い出し始めた。
おでこに手をあてたまま、眉間に皺を寄せて「ん゛ー」と唸る


「ふつうだったと…思いますけど。本当に、いつも通りで」

「ほんと?」

「そもそも普段はあまり顔合わせる事ないから、わかんないんです」


そう言って升谷が謝りながら申し訳なさそうな顔をするもんだから、俺は何も言えなくなる。え、一緒にいるのにあまり顔合わせないの。ちょっと嬉しい。


「…二人一緒の部屋なのにあまり話さないって事?」

「そうですね…。僕も侑介君もほとんど自室からでないですし、休みの日は侑介君よくどっか行ってますし」

「どこ」

「わからないですけど、たぶん小鳥遊くんとか…」


でた。
小鳥遊。

名前がでた瞬間小鳥遊の方に鋭い視線を向ける
あの野郎、やっぱり休みの日も侑くんを一人占めしてるのか!

俺に睨まれてるのに気づかず有岡さんと喋ってる小鳥遊。呑気にヘラヘラと笑っている。

休みの日何してるって言うんだ。
どっかに遊びにいくわけでもないだろう。


「じゃ、じゃあ…升谷くんと侑くんは、特に普段絡みとかないわけ?なんもないの?」


俺がさっきモヤモヤしていたことを聞く。
だって、なんならお風呂上りとか、寝起きとか、全部見れるわけじゃん。俺が普段見れないもの、全部。

さっきと違うドキドキを感じながら升谷の目をじっと見る。
俺に見つめられて、視線が泳ぎ始める升谷。

それは動揺して視線が定まらないのか、ただ単に俺の目が見ることがないだけなのか、どっちなんだ。


「それは…」


升谷がいざ答えようとしたその時、


「なにしてんだ」


頭上から千歳の声。
ハッとして上を見上げると、千歳がしゃがんでる俺を真上から見下ろすようにして立っていた。


ずぁっっ


「いいい、いつからっ!」

「さっき」

「さっきって、さっきっていつだよ!」


割と侑くんの事に関して真剣に聞いてたんだけど!全然気づかなかった!
小鳥遊睨むときほぼ横方向だったし、視界に全く入らなかったし、

聞かれてたら恥ずかしい。
いや、恥ずかしいって思う方がおかしいのか?

駄目だ俺!
色々意識しすぎ!


「お、お疲れ様です、会長」


慌てて立ち上がる升谷を見て、俺もゆっくり立ち上がる。
千歳にはもう様付けなくなったんだ升谷。


「千歳さあ、生徒会室入ってくるときもう少しテンション高めで入ってくれない?じゃないと気づかないから」

「知らないうちに侑介の話聞かれたくないって?」

「っ!!!!ま、おま、おま、」


せっかく小声で話してた事を普通のトーンで言われて、ぶわっと熱があがる。
千歳の胸倉をつかむ俺に、千歳は眉間に皺を寄せる


「なに慌ててんだよ」


顔が赤くなってんのか、千歳が俺の頬に指を滑らせる。慌てるとか今更だけど、そうだけど、今日は違うっていうか。


「…もういい、触るな」

「なに拗ねてんの」

「キレてんだよ」


千歳の胸倉から手を離してそっぽを向く。はー、面倒くさいやつに話きかれた。変な方向に予想されなければいいけど。

そう思いながら、ふと顔をあげると生徒会室に人数が増えていた。
どうやら千歳が増えただけではなかったらしい。


8人。
全員いる。

つまり、侑くんもいつの間にかいた。



いつから。



「もう終わった?」



俺が立ち上がったのを見て、真澄が俺に声をかけた。
終わった、っていうか、邪魔が入って結局聞けない部分多かったって言うか

終わらせられたというか。


「終わった…」

「そう。やって貰いたい事あるんだけどいい?」


真澄の指示に上の空になりながら頷く
俺の視線は侑くんに一直線。俺の好きな侑くんの横顔。

侑君は手元の資料に視線を落としてる。俺なんか気にしてないみたい。

それでいいんだけど!
ねえ!いつからいたの?

俺が侑くんのことコソコソ嗅ぎまわってたの、聞いたりした?


「涼、久しぶり」

「あっ…し、紫乃さん、お久しぶりです」


頭の中がパニックに陥ってる中、紫乃さんに笑顔を向けられた。
俺の左隣に座ってる紫乃さん。俺の右には小鳥遊。
久しぶりって言っても、連休会ってなかっただけだけど。

ちなみに侑くんは紫乃さんの正面。
視界の端に侑くんが見えて脈が速くなる。


「連休どうだった?」


連休。
侑くんと過ごした2日間。

紫乃さんに突然笑顔でぶっこまれた。
悪意のかけらもない笑顔のはずなのに、俺は持ったばかりのペンを折りそうになる。


「れ、連休…」

「侑介も一緒に実家行ったんだよね」

「はい、え、っと、おかげさまで楽しく?すごせました」


楽しいか?いや、楽しくはない、と自問自答するけど他に良い回答が見つからなくてそう答える。楽しくはなかった。

俺の空笑い具合に紫乃さんが不思議そうな顔をする。
俺やっぱり挙動不審すぎる?


「そう、良かったね。実家では何してたの?」

「・・・。」


何した、って…

紫乃さんの追撃がすごい。ただの会話のキャッチボールなのに、一発が重たい。侑くん近くにいるのに。

その質問に俺はあの夜のことを思い出す。学校でのエレベータでのことも。バスケのことも。

俺は無言になって、視線を泳がせる。
徐々にあがる熱。
死にそう


「特に何もしてないですよ、お互い好きな事してました。」


黙ったままの俺を見かねてか、侑くんが間に入ってきてくれた。
俺は驚いて侑くんを見る。


ゆ、
侑く、ん、


「ですよね。…住吉先輩。」


そう言って、侑くんが俺を見た。
いつも通りの無表情。視線だけこちらに向けている。

住吉先輩と言われ、そうだった生徒会ではお互い先輩後輩の関係なんだと思い出す。

俺は咄嗟に視線を落として侑くんを視界からシャットアウトした。


「そ、そうですね」


なぜか俺も侑くんに敬語。
俺、めっちゃ変じゃん。

絶対この会話聞いてる人どうしたって思ってるよ






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bkm