「駅までは送ってかなくて大丈夫だよ」

「いや、俺暇だし。ついでに駅近くのコンビニで買い物してこうと思って」


外はもう真っ暗で、電灯が微かに道路と俺たちを照らしていた。
皐の家で遊んだ日は、いつも俺を駅まで送ってくれる。

駅まで徒歩20分はあるのに。


「さっきの夢の話だけどさ」


前を向きながらそう言ってきた皐。


「俺は、祥仁(サチヒト)の夢に出てくるの?」


その質問に思わず笑ってしまった。
なんでそんな質問?
しかも、名前。


「えー、出てきてないと思う。」


皐の数歩前を歩いて、後ろ向きになりながら皐の顔を見る。
笑う俺に皐も笑いながら「それは残念」と言った。

何故か思い出そうとすると、お前の目が出てくるけどね。


「じゃあ一体誰の夢を見てるの?」

「俺が聞きたいよ。というか、なんで当たり前のように皐が俺の夢にでてると思ってるの」


確かにお前は俺の親友だけど。
お前の夢を毎日見る程、俺はお前に執着を持っているわけじゃないぞ。

俺の言葉に「そうだよなぁ」と呟く皐。けれど、突然左腕を引かれた。


「さち、後ろ危ない。」


それに振り向くと電柱が。
皐に前を向かされ歩道側に引き寄せられる。



「そうやって歩いてて、思い切り後ろに転んだの覚えてない?」



そう言いながら腕をパッと離された。
前、転んだ?っけ。

俺が忘れているだけなのか、皐が勘違いしてるのか。
わからないけれど、特に否定することなく皐の右側を歩く。


「いつの話?」

「…いつだったかな、その日も夜だったよ。ほら、今日みたいな綺麗な満月の日。」


夜空を指しながらそう教えてくれた皐。
それにつられて上を見上げると、確かに綺麗なまん丸の月も俺らを照らしていた。


赤に近い橙色の月


おー…。
でもそんなの言われても全く思い出せない。

満月なんて、最後にいつ見たかとかも覚えてないのに。


「逆にさ、皐は夢見るの?」

「ん?」

「俺の夢」


月を見上げながら、そんな事を聞いた。
それにしてもまじで綺麗だな。
近いのかな、月。


「さあね…どうでしょう?」

「なんだよそれ。見るの?」

「どうだったかなあ、見るかなあ。」

「おい〜」


おちゃらける皐にドスンッ、とぶつかりに行く。
肩をぶつけても、とくによろけることなく笑う皐。

起きた時忘れるって言ってたもんな、でもわかるよ。俺も忘れてるから。


「なんか皐、結構体つきしっかりしてない?お前帰宅部だよね?」

「一緒に帰ってるじゃん。帰宅部だよ。」

「なんでこんな、しっかりしてんの。」


ぶつかってもよろけない体幹の強さ。
んん?着やせしてんのかな。


「全然だよ。俺このヒョロヒョロした身体嫌い。」

「まあ、細く見えるけど…。いいじゃん、それでモテてんだから。」


学校ではもう、女の子のアイドルだからね皐は。

ただでさえイケメンなのに、緩く着てるシャツとかジャケットとかも、肩からいつもずり下がってる鞄とか、そういう緩い雰囲気が人気の理由なんだと思う。

でも中身はいたって真面目で、大人っぽいから。ギャップに余計みんな惚れる。


「いや全くよくないから。」


突然皐の声がガチトーンになった。
えぇ?
そんな許せないの自分の体形?


「俺結構筋トレしてんだけど、全然筋肉つかないの。いざというとき、こんなヒョロイ身体だったら俺嘗められるでしょ完全に。守りたいものも守れないよ」


珍しく饒舌になっている皐にビビる。
つか、いざというときって、何。
お前喧嘩でもするつもりなの?そんな奴じゃないでしょ…。


「俺やだよ、皐が喧嘩してるのみたりするの。例えそれが女のためとかでも」


ずっと一緒にいるんだからきっと俺もその場に遭遇する羽目になるだろうし。

あと、血とか無理
前に自分の鼻血とか見て気絶するかと思ったレベル。

思い出しただけで具合が悪くなる…。


頭痛も、
するし…。


「…そうなの?」

「え、嫌だろ。友達が危ない目に遭ってるところなんて。…見たくないよ。」

「・・・」


つか何当たり前のこと聞いてるんだ?
それとも普通の男子は喧嘩強くてなんぼ!って思うのか?
いやいや…何時代だよそれ…思わねーよ。


「…変わらないね」

「は?」

「いいえ、なんでも。」


首をかしげる俺に、皐は微笑んだ。
電灯に照らされて、琥珀色の瞳が輝いて見える。

その目に俺は一瞬で釘付けになった。


・・・俺は、この会話を前にもしたことがあったんだろうか。

じんわりと、指先に熱が走っていく不思議な感覚。



『王子はどうかそのままで』



意識がまた、どこか別のところに行く。これは白昼夢だ、とその時気づいた。
俺を王子と呼ぶ、低くて落ち着いている声。


夢の中で、聞いたことがあるもの。
だけど、俺はこの声をこの世界でも聞いたことがあった。



皐だ。



俺は、夢の中でも、
皐の声を聞いたことがある。



いったいこれは、
なに。



「さち」

「……、え?」

「明日は誕生日だね」


突然、そんなことを言われた。

明日。
そうだ、明日は俺の17の誕生日。

でも誕生日のことを言われても、今はそのことが頭に入ってこない。


夢の中でも聞いたことがある、聞き慣れた声に俺の全神経が持ってかれている


俺は大事な何かが欠けているんだ

というか、王子ってなんだ?
俺のことを言っているのか?

あと、あの声は…


ズキッ!


「っ」


ズキズキと、痛む頭に足が止まる


「どうしたの?」

「…頭、痛い」

「えっ大丈夫?座る?」

「いや、たぶん、そのうち治るんだけど」


まるで頭の中で何かが蠢いているようだった。
俺の身体を支えるようにして、慌てて背中に腕を回す皐

やっぱりこうしてみると、皐の体が意外としっかりしてるのがわかる

でも、皐の身体って、こんなに細かったっけ…なんかもっと、身長もあって、髪の色も…



あれ?

俺、今何を考えてるの



痛む頭を押さえながら、皐を見上げる
心配そうに、そんな俺を覗く琥珀色の瞳。電灯によってきらきら輝いている



琥珀色


それにまた、

ズキリと、ひどく頭が痛んだ。














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