甘い毒を恋う





いやだ、やめてくれ、



気がつけば目の前に、真っ赤なカーペットに膝をつきながら血を流すかけがえのない人がいた。

今日は俺の誕生日
17歳になった俺を祝うもので、こんな、
こんな地獄のような日に、なるなんて俺は思っていなかった。

俺の唯一の人。
俺の盾であり、剣でもあった俺だけの騎士。

ついさっきまで俺の隣で、微笑んでいたのに。
おめでとうございます、って喜びを露わにしながら祝ってくれていたのに。


どうして。


彼の口から止まらない、どす黒い血。
誰かが俺の飲み物に毒を盛った。
それを代わりに、その人が飲んだ。

それで、彼が、

彼が・・・。



『▲▲ッッ!!!!!』



気がつけば声帯が切れるのではないかと思うほど悲痛な声で、俺は彼の名を叫んでいた。
むしろ俺の声なんて無くなってもいいから、誰かこの男を救ってくれと願う。

悲鳴をあげる客、
俺を彼から剥がそうと躍起になる兵士たち。



血を吐きながら、その人は俺を見た。

琥珀色の綺麗な目を、うっすらと緩めながら。
まるで『大丈夫』と言っているような表情。


その時には彼は顔が真っ白で、

もうだめだと、思った。




やめて。




俺を、彼から離さないで
俺、何も彼に伝えられてないよ
今日俺はお前に言いたいことがあったんだよ

ここでお前から離れたら、俺は、俺は、



永遠に、お前とーーー・・・




「さち。」



その声にハッとした。
同時に頬に感じる冷たい感触。

俺は寝ながら泣いていたらしく、苦しい呼吸の中、聞き慣れた声に夢から引き戻される。


目の前には、俺を心配そうに見ている琥珀色の瞳。



「…皐?」

「うん、俺。…大丈夫?」



あれ、俺、いつの間にか寝て…。

友人の皐を見ながら瞬きを一つした。
すると、またポロリと溢れる雫。


「なんか…また嫌な夢を見てた気がする、んだけど…」


思い出せない。
心臓がはち切れそうなくらい苦しい夢だったのに、何だったか思い出せない。何一つ。

頭を起こして、グシ、と袖で顔を拭った。
…ビショビショ。


「俺、いつの間に寝てたの。」


時計を見てみたら、夜の7時。
皐のベッドで寝転がりながら携帯いじってたら寝てたらしい。


「いつだろう…静かになったと思ったら寝てたよ。」

「泣いたのは?」

「5分くらい前。嗚咽を漏らし始めたから…」


起こしたんだけど、と俺にティッシュを渡す皐。

え、俺嗚咽も漏らしてたの、ダサイ。
だから喉に違和感残ってるのかな…。


「はー、ダサいよねホント。しかも何度目だよこれ」


最近、俺は何故か泣きながら起きる事が多くなっていた。
高校生になってからだと思う。

授業中に居眠りしていたら、まだクラスメートになったばかりの皐に起こされた。
優しい声で、「大丈夫?」と。
その時、俺は初めて自分が泣いていたのだと知った。


それから気づいたらずっと皐と一緒に居る。
部活もお互いやってないし、二年になってもクラスは一緒だし。


しょっちゅう泣いてるくせに、夢の内容は皆無。
何一つ思い出せない。

まるで、涙と一緒にその記憶が溢れだしているかのような。
だから俺、何も覚えてないのかな。

それともただの偶然?病気とか?


「怖い夢なの?」

「覚えてない・・・。今日のは怖かった、と思う。心臓が痛い。」


夢の世界を思い出そうと、目を瞑りながらその断片を探す。
五分前の出来事。


でも、浮かんでくるのは何故か、皐の優しい琥珀色の目。


・・・なんでお前が出てくんだよ。


「皐は見る?・・・変な夢。」


思い出せそうで、思い出せない歯がゆい夢。

頭が痛い。
泣きながら起きた時は、いつも頭が痛くなる。


「…夢なんてすぐ忘れちゃうからな」


皐はそう言って、綺麗な顔に曖昧な微笑みを浮かべた。
困ったような、それでいて悲しげな。

その表情を見て、何故か俺は夢の中にいるような錯覚に陥った。
皐の微笑みを見て、ゆらゆらと皐以外の景色がぼやけていく。

そして、


『王子、』


どこからか、聞き覚えのある優しくて落ち着いた声が聞こえてきた。
その声が聞こえた瞬間に、俺は現実に戻される。



・・・あれ?


なんだこれ。




「さち」



皐に声をかけられて、皐を見上げた。

黒髪だけれど、高校生には見えない容姿の皐。
どこか大人っぽい雰囲気を常に纏っていて、落ち着いているからその綺麗な顔が崩れることはあまりない。よく笑顔は浮かべるけど。

時々、俺は不思議に思う。
どうして俺は皐と友達になったんだろうかと。

そのきっかけも、気づいたら俺は忘れてしまっていた。
夢の中とは違うのに。
あの後俺らどうやって仲良くなったんだっけ。


「駅まで送るよ」


ぼんやりと、ただ突っ立って皐を見ていたら皐が俺に上着を渡してくれた。
扉を開けて、俺を部屋の外へと促す。


皐は俺をこうやってエスコートする事が多い。
自然な口ぶりで俺を誘導するから、俺も何も疑わずにそれに従ってしまう。

変だと、思うべきなんだろうけれど、
なんでだかそれに従っちゃう俺がいる。

本当、不思議。











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