猫みたいな男が俺の側にいる。


別に容姿が猫っぽいとか猫目というわけではなく、ただ雰囲気や自由気ままな性格が猫っぽい。

でもそう思うのは俺だけらしく、友人達はいやいやこいつはそんな可愛い動物じゃない、ライオンか狼だろ、と笑った。


……俺としてはそこまで獰猛なイメージはないんだけれど。

きっと彼らは、こいつが女に手を出すのが早いからそう言ってるんだろう。

この美形具合に誰にでも平等な男だ
女が群がらない筈がない

そんでそれをパクリと食べてしまう

まあそういうところは、確かに肉食っぽいね。







「津田、起きろ」


このくそ寒い体育館倉庫の中
今日もその猫を探してやっとここで見つけた


ドアの開く音にはピクリともしなかったのに、俺の声にパチリと目を開く

眠そうに数回ゆっくりと瞬きをした後、フッと微笑んだ



「…ミヤ?」

「そうだよ」


マットの上でコートと膝掛けとマフラーにくるまってる津田
のそりと起き上がった津田は、大きな欠伸を1つ。


綺麗に染まった茶色の髪は四方八方に跳ねていて、朝の整い具合は皆無になっている。眠そうに目を少し伏せているため見える睫毛も血色の良い唇も彼の魅力をさらに引き立てている


こちらを見てきたことによってわかるそのくっきりとした二重もまた、女子を虜にするものだ



まあ、それに片想いしてる男もここにいるんだけど。




「やっぱ、ここはダメだ。寒い」

「そりゃそうだ、凍死でもしたらどうすんだよ。探す方も大変だっつの」


うそ、本当は大変じゃない。
俺が一番にこいつを世話できるから。

俺のブレザーを着せながらわざと呆れた声を出す
すると、津田はダルそうに微笑んだ

…この笑顔に何回やられたことか。


「それでも探してくれるからミヤ優しいよね。ブレザーありがと」

「ん」


俺にマフラーを巻きながらそうお礼を言う津田
津田の匂いと体温を感じて頭が沸騰しそうになったけどどうにか我を保つ

津田は俺の下心を知ったらどうするだろうな。
てか彼女にもこんなことやってるのかな。


「…動くの面倒くせー。」


髪を弄る津田は、そう呟く
俺も本当はそう。できるなら、女がいないこの間でもいいから、こいつを独占していたい。


「お前よくねれたな、こんな寒いところで」

「じゃーん」

「あぁ、ジャージも着てたのね」


服を捲られて納得

つか一杯着込みすぎだろ
ジャージの下にセーターが見えたぞ今


「ミヤは寒そうだね」

「めっちゃ寒いけど。」

「細いから、なんかよけいそんな感じするわ。手、冷たいね。」


ふと手に暖かい感触がしたから見てみれば津田の手が重なっていた

ドキリと、その暖かい感触に心臓が跳ねる
こいつの行動は予測不可能だ。
ふざけたノリでこの手を握り返したらこいつは笑ってくれるんだろうか。

……しないけどね。



「津田もほせえじゃん」


変な行動を起こす前にその暖かい手から逃げながら話す
津田はやっぱり何も考えずに俺の手に触れたのか、微かに笑うだけ。


「細い男はやっぱダメかな」

「いや現にそれでモテてるからいいんじゃね」

「んー。」


でも今彼女いるんだよな。こんなモテ男相手の彼女も大変だろうなきっと。
まあ彼女といって良いのかも危ない存在だけど…

コロコロ気が変わるからな、こいつ。
俺はそれに一喜一憂している。


「あ、そういえばまた別れたわ」

「・・・。」


早くね。

今ちょうどそれを考えていたから、目を見開く
俺の表情を見て笑う津田


「なに。別に珍しいことじゃないじゃん」

「……まあ、そうだな」


結構かわいい子だったのにな。
優しそうだし…

ニヤけそうになるのを必死に我慢しながら、「ドンマイ」と言っておく



「なんだろ。最近、いまいちダメなんだよね」

「女関係?」

「そ。」


…女に飽きたのか。
このまま男にくればいいのに、なんつって。

まあ津田は適度な距離感が好きな人間だし
ズカズカ入り込まれるの嫌いで、俺もあまり自分からはこいつのプライベートには入らないようにしてる。
この友人関係もお世話係のような感じがするし。

それでいいんだけどさ。


「それに比べてミヤはいいね。俺をわかってくれてるから。」

「まあ、付き合い長いしな」

「俺、ミヤにならもっと質問攻めされたりしても良いんだけどね?」


ニヤ、と口許を緩めて笑う津田。
なんだよ、それ。上から過ぎるだろ。

でも、なんかそう言われるともっと近づいていいって言われてるみたいで俺も思わずニヤける


「質問攻めって、例えばなに」

「もっと俺について聞きたいこととかないの?」


んなこと急に言われてもなぁ…聞きたいことなんて、ありすぎてまとまんない。

んー、としばらく唸っていると、ハハと笑う津田。
そして俺のブレザーを津田自身の顔に押し当てた

おい、なにしてんだよ


「まあ、そんな反応するって予想してた。」


表情がブレザーによってよく見えないが、軽く目を伏せてる津田
…俺があんま見たことない顔するなよ。



「………これ、ミヤの匂いがするね」

「かぐなよ」


言葉に困っていた俺をスルーして話をかえる津田
にんまりと笑って俺を見上げてるこの顔はさっきの表情と真逆だ

…本当にこいつはコロコロと。
つかだいたいんな良い匂いしねーだろ。


俺はいったいどんな顔をしていたのか、津田は「そんな顔すんなよ」と笑った


「ミヤの匂い好きだよ、女みてーに香水使ってないから」

「うるせ。別に俺もお前の匂い嫌いじゃねーよ」


…何張り合ってるんだ俺
いっといて恥ずかしいわ
しかも、好きって、俺の匂い好きって、勘弁してよ。


「ふうん、そうなんだ、嬉しい。」


ふふ、と津田がらしくない声で笑う
嬉しいとか照れないでいるところがすごいと思う。
あれか、いつも誉められてるから慣れてるのか


くそ、もう、こいつめ…


照れたせいで言葉に詰まって、沈黙が訪れる
なんだか気まずくて、適当に思った言葉を呟いた


「ピアス、まだつけてんだ」


アクセ嫌いのお前がよくもまあ。


「ん?んー、そ。唯一のお気に入りかもね」


黒い点のようなピアスを弄くる津田
耳を見せたせいか、やたら色っぽく見えて目をそらした

なに発情してんの俺。ウケる。



「ミヤがくれたヤツだし。センスいいから、結構気に入ってんだよね。たぶんずっとつけてる」

「はは、安モンだぞ」


確かに俺があげたものだ。
誕生日プレゼントにアクセが欲しいといったからピアスをあげた

一ヶ月以上同じのつけたことがない津田なのに、これはもう3ヶ月になるんじゃないか。
嬉しいなんてもんじゃない。言葉に表せないくらいだ。



「ミヤは開けないの」

「…俺痛いの嫌いだし」

「俺が開けてあげるよ。プレゼントしたげよっか」



ズイ、と身を乗り出され顔が一気に近くなる

力の入ってなさそうな目元に
ニヤけてる形の良い唇

身長が高いこいつはいつも俺を見下ろしてるから、上目使いをされるとなんか変な気分になる

心臓がバクバク言い過ぎて、方向を見失いそう


「ちけえよ、バカ」

「はは、照れてんの?さっきも照れたけど、珍しいね。」

「そりゃ、顔、近いし…」



パシリと口許を押し返す
いちいちスキンシップすんなで、俺の気持ちも考えて。


唇がちょこっと触れた手のひらがジクジクして嫌だ

フィ、と顔を反らすと津田が笑った



「ミヤって、ネコっぽいよね?」

「は?」


何突然。
俺が猫?お前の方が猫っぽいだろ


「その、反応がさ、いちいち俺のツボついてくるっつーか…優しいし、ねえ、ミヤ、結構ツラいよ」


え、何がツラいの
津田はいつものような笑顔を浮かべていたが、何を考えているか読めない
こいつ話の内容意味わかんなくて、首をかしげる


「いやお前の方が猫だろ。何いってんだよ」

「えっ、俺が?俺はタチでしょどう見ても」

「は?たち?」


なんだ『たち』って


「あー…ああ、うん、普通違うよね、動物だわ。俺猫っぽい?」

「…自由なところとか、気まぐれなところとか」

「はは、そうかも。」


んん?
なんか話が噛み合わない気がしてきた。



「でも、ミヤもなんか猫っぽいよ。動物的な意味で」

「どんな意味でだよ。つかどこが?」

「んー…ちょっと、強気な性格?あと猫耳似合いそう」


性格ね。
まあ、猫って結構強気だけど

でも絶対津田のほうが近いって。


「ね、今度猫耳つけてみてよ。ニャーって言って貰いたい」

「はあ?やだよ。そんな恥ずかしいこと」


想像しただけで顔が熱くなる
津田の方が絶対にあう。ちょっと官能的な気がするけど。
いや…絶対、エロい。
いつもシャツのボタン開けて色気振り撒いてるこいつだ。きっとハンパない事になるだろう


「……何見てんだよ」


ジッと見られてる感じがして津田を見たらやっぱり目があった
…ちょ、なにその目。


「でも、ミヤにそんなことやってもらったら俺本格的にヤバくなりそうだからやっぱいいや」


フッと笑って津田が目をそらす
…なーんか、さっきから言ってること変じゃね、こいつ。全然意味がわからない。


「でもやっぱ見てみたいかも」

「俺はやだ。」

「なんだ残念。」


どっちなんだよ、もう。
ノリでできなくもないけど、やっぱ恥ずかしい事の方が大きいって言うか。いや、やってあげてもいいんだけどね。本当。





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