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入院


木の葉がハラリハラリと一枚ずつ落ちていき、冷たい木枯らしが吹き荒れる冬。すっきりとした大空がどこまでも続く遠出日和の今日、舞は首にお気に入りのマフラーを巻きとある場所を目指していた。


「(ツナ君、大丈夫かな…?)」


思い浮かべるのはボスであるツナのこと。なんでも彼は今、怪我をして入院をしているらしい。そのお見舞いのために舞は病院へ足を向けているのだ。頭で考えるのは、やはりツナの心配であるがもう1人。彼女の頭の中で思い描かれる人物が。その人もきっと病院へ駆けてつけているだろう。そのことに彼女は俯き、大きな溜息を漏らした。


「(結局…あの日から更にそっけないし、益々嫌われたよね…?)」


元々好かれていると思う程自惚れてはいない。ただ彼との言い合いもほぼ挨拶化してきたのであまり気には留めないでいたし、寧ろあの話をするまでは舞自身も会話を楽しいと思うようになっていた。だからこそ今の気まずさは舞にとって耐えがたいものであるし、彼女自身が何も話さない身なので自分から話かけられずにいたのだった。


「(…こうやって、態とお見舞いに行く時間もズラすなんて…あたしってば、やることがセコイなぁ)」


できたら前みたいに話がしたい。けど人間、誰しも触れられたくはいものがある訳でそれが舞にとって獄寺が指摘してきたものであった。益々気分が重くなる中、ツナと会うのだからこんな辛気臭い顔ではいけない…と舞は自分の頬を叩き気合いを込めると、よし!と呟き口元を上げ笑顔を作る。そしてツナの元へ向かうのであった。



▽ ▲ ▽



「(ここか…)」


看護師にツナの病室を聞き舞はある一室まで足を運んだ。それにしても気になるのは看護師の何かイラついたような態度。ツナが病院で大変な事に巻き込まれてしまったのだろうか。そんなことを思いながら病院のドアノブに手を掛ける。


ーーー開けた瞬間。


舞は双眸を見開いた。視線に映り込んだのは、黒。白いベッドに相反するようなその黒はいつもより熱っぽい吐息を漏らし、いつもキリッと鋭い瞳は閉ざされ最強と謳われる彼の面影は感じられなかった。


「(雲雀先輩が入院なんて…一体どんな命知らずの病原菌なんだか。…ッてそれより、面倒なことに巻き込まれる前にここから去らなきゃッ)」


あの雲雀に見つかれば無事で帰れる筈が無い。ならばその前に去るべし…!舞はクルリと踵を返し足音を立てずに来た道を辿る。舞の中で心音が妙にバクバクと跳ね上がる。そのくらいの緊張感が彼女を襲い、いつも身軽な体を強張らせた。また一歩と足を前に踏み出す。すると、カサリと1枚の花びらが花瓶から落ちた。その僅かな音に舞は体を静止させ、緩慢に雲雀へと視線を向ける。


「(…うぅ。大丈夫…?だよね。まさか花びら一枚なんかで起きたりは…)」


それがフラグであったのかもしれない。舞は、ふぅ…安心の息を漏らし雲雀から視線をずらす。しかしその刹那、雲雀の閉ざされていた漆黒の瞳が露わになった。


「ねぇ、どこ行くの。小動物」


その声が耳を抜けた途端に舞は、「ひぃっ」と小さな悲鳴を漏らし体を硬直させた。そして、ギギギと効果音がつきそうな不自然な動作で振り向くと視線に映るには妖艶に微笑む雲雀。その笑顔が舞の顔を引き攣らせすぐ様、逃げたい衝動に駆られた。


「こ、こんにちは。雲雀先輩。体の調子は大丈夫ですか?」
「まあ今は、だいぶ落ち着いたよ。ただの風邪だしね」
「そ、それは良かったです!あの…あたし、行かなきゃならない所があって…」


雲雀が病人であることは理解している。だがあの戦闘マニアのことだ。また勝負をしようと言い出すかもしれない。今はどうも闘う気になれない舞は早くこの場から逃げることを頭の中で巡らせていた。


「だから…失礼しますね…?」
「ねぇ」
「はいっ…?」


声をかけられたのに、なんだかジっと鋭い瞳を向けられる舞。彼女もその瞳から醸し出される異様な雰囲気に包まれているのか何も言えない。双眸同士がぶつかり合い沈黙が続く。しかし、その沈黙を破ったのは雲雀であった。


「今の君はまるで仔猫のようだね」
「え?」
「ビクビクと周りを怖がって毛を逆立てて自分からは動かない。前の君は小さくてもそれを臆せず立ち向かっていく強さがあった。僕はそんな君だから面白かった」


一体何をそんなに怖がっているんだい?雲雀の言葉に舞は反論できなかった。雲雀とそこまでの時を共にしてきたわけではない。彼とは勝負を交えただけ。それなのにもかかわらず雲雀は舞の変化にすぐ気づき指摘をしてきたのだ。そのことに舞は驚愕しそれに加えて何かも見透かれているような恐ろしさも感じた。


「(…なんで。なんでわかってしまうの…?獄寺に泣いたのを見られてからあたしが周りを怖がってるのを。あたしが私自身を…皆に知られてしまうのを恐れているのを)」


舞は困惑しながらただ俯向いた。雲雀と目を合わせてしまえば、全てが暴かれるような気がしたから。そんな舞に対し雲雀は呆れなのか、もう彼女のことを見放したのか溜息を吐いた。


「(もう…嫌われた…?もう、先輩と闘えない…?)」


舞にとって一番恐ろしいのはそれであった。誰かに自分が嫌われる。それは殆どの者が人と付き合う上で嫌なことで、だからこそ好かれるために自分を演じる。否、偽らなくてはならないのだ。ありのままの自分が受け入れられる筈が無い。


「君は今、何を考えて何を思ってるの?」
「………」


雲雀の低い声がやけに胸に突き刺さるように感じる。舞の頭に思い浮かぶのは幼少の頃の自分。あの時に感じたものや気づかされたものが今でも鮮明に思い出される。


「もう一度聞くよ。君は何がしたい?」


雲雀は自分のことを見ていないでだんまりな舞にイラついた。これだから群れるのは嫌なんだ。なのに彼女のことが気になってしょうがない。そんな自分にも益々怒りを募らせた。


「あたしは…」


舞は俯いていた視線を緩慢に上げ2人の視線が交わる。彼女の表情を見た瞬間ーー雲雀は思わず息を呑み先程まで感じていた怒りを忘れた。


「私は、自分のことしか考えていない愚かで醜い人間なんです。そんな人間は誰にも受け入れてもらえない。割り切れたらいいんだけど私はずるいからそれもできない。私……雲雀先輩みたいになりたかった」


貴方のように我が道を突き進み過去を振り返らない。真っ直ぐで自分を偽らなく周りに左右されない。貴方のような人に生まれたかった。舞はいつも雲雀が羨ましくて仕方がなかった。でも、憧れてなれるものでもない。彼女はそれだけ言うと「失礼します」と頭を下げ、病室を後にした。


「(彼女は何を隠している?あれが本当の君なのかい?)」


残された雲雀の頭の中には先程の舞の表情がこびりついて離れなかった。自分になりたいと言った彼女は悲哀と憧れと自棄を交えた瞳をしていて儚げに笑みを作っていた。それが雲雀の心を鷲掴みにしたように感じられた。彼はニヤリと笑った。こんなに1人の人間が気になるのも頭から離れないのも初めてのことであったから。


「(やっぱり君は他の草食動物とは違うよ。そんな君は僕を楽しませてくれるようだね。いつか絶対に君を咬み殺してみせる。君は僕の獲物。だから覚悟しときなよーー舞?)」


不敵に微笑む雲雀は誰もが恐れる風紀委員長そのものであった。窓の外は先程までは晴れだったが不穏な薄暗い雲が徐々に空を侵食していった。そんな空と同じように舞の心にも孤高の浮雲が紛れ込んだのは誰も知ることが無いのであった。



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