彼女の嘘
星が夜空で点々とそれぞれの輝きを放つその下、獄寺は夕食を買うためにコンビニへと足を運ぶ最中であった。彼は1人暮らしであるが料理は一切ダメでほとんどの食事を外食で済ませることが多かった。
「(…たくっ。今日は跳ね馬のせいで無駄に疲れたぜ)」
今日は朝から桃巨会というヤクザとの闘いを交えていた獄寺はいつも以上に夕食の買い物が億劫なものであった。タバコを咥えながら、歩む足を速める。するとよく知る人物が獄寺の視線に留まった。
「(……あれは、、チビ女?)」
獄寺の視線の先には公園で1人、ブランコに乗って空を見上げている舞がいた。こんな時間に何をやっているんだか。目に入ったものの別に話しかける理由もないため獄寺は公園の横を通り過ぎようとした。が、最後にチラリと彼女を見た途端に獄寺は前に出す足を止めた。否、意図的ではなく勝手に体が止まったのだ。
「(……なんであいつ…泣いてんだ?)」
獄寺は何故か舞から目が離せなかった。辺りは真っ暗で舞の顔を照らすのは公園の中にある電灯と月と幾つも輝く星達のみ。だが舞が泣いていることだけは、はっきりとわかった。目から流れる雫はまるで星屑のようにキラキラと輝き舞の頬を濡らせていた。
「(チっ。あいつが泣こうと俺には関係ねぇ)」
そう思い獄寺は再び歩みを進めるが頭から彼女の泣き顔が離れなかった。舞が泣いている姿はシャマルと再会した時に見たことがあった。だが、あれは半ば冗談の様なもの。前回の舞との表情とは明らかに違った。
「(あいつなんていつもバカみてぇに笑ってやがるのに…)」
いつも10代目であるツナに纏わりつきヘラヘラと笑っている。それが獄寺が舞に対する印象であった。それがどうだろう。先程の舞は星空を眺めながら憂いを帯びた瞳でポロポロと涙を流していた。あんな表情今まで見たことがなかった。だからこそ、驚きつい足を止めてしまったんだ。獄寺は自分にそう言い聞かせながらタバコを奥歯でギリっと噛んだ。本当は舞の泣き顔に魅入ってしまったことを隠して。
▽ ▲ ▽
「おはよーっ!皆!」
ツナ達3人が屋上でお昼を食べていると明るい声で笑顔を振りまく舞が姿を見せた。いつもは気にも留めない獄寺だが今日ばかりは横目でチラリと舞を見つめた。
「おはようって…今、お昼なんだけど」
「随分と遅かったな」
ツナと山本が遅い登校の理由を問うと舞は「もー聞いてよっ」と顔を軽く顰めて3人の輪に腰を下ろした。
「今日、寝坊しちゃって遅刻したんだけどね。そしたら雲雀先輩に見つかっちゃって…今の今までずっと勝負で解放してくれなかったの!」
「それは悲劇だーー」
「あはは。流石ヒバリだな」
本当に疲れたーっ。あの戦闘マニアめ。と喚きながら舞は両手を組んで伸びをした後にバタンと後ろへ倒れ、疲れを癒すようにゆっくりと瞳を閉じた。すると、すぐに舞から寝息が漏れた。
「相当疲れたみたいだね」
「ケ。こいつの体力が無さ過ぎなんスよ。それに俺だったら一瞬で雲雀の奴なんか片付けられます」
舞の寝顔を見てそれぞれが口々に言う。そして山本が「まぁ、良かったじゃねーか。獄寺」とニカッと歯を見せる笑みで獄寺に話しかける。獄寺は山本の唐突な言葉に顔をしかめた。
「あ"?」
「何が良かったの?山本…」
「だってよツナ。こいつ、朝からずっとソワソワしてたんだぜ。それって舞がいなかったからだろ?」
「な!冗談もほどほどにしやがれ!野球馬鹿!!俺がいつソワソワしてたっていうんだよ!!?」
獄寺はキレかかり山本の胸ぐらを掴んでギロっと睨みつけた。だが山本はハハハと笑って、「おー。怖」と言うだけであった。獄寺は自分でも自覚がある分、山本に指摘されるのには苛立ちが格段に募った。
「お、俺も今日の獄寺君。なんか落ち着きないなって………」
「なっ!10代目まで!!」
獄寺はボスであるツナから言われ、思わず山本の胸ぐらを掴んでいた手を離した。そしてものすごい舞に対する怒りの感情が沸いた。10代目は兎も角、山本までに言われるのは我慢ならなかった。
「(これも全部、あのチビ女のせいだ。後でぜってー果たす!!)」
寝ている舞をキッと睨みながら獄寺は舞を果たすことを心の中で宣言するのであった。
▽ ▲ ▽
いきなり冷たい風がピュウと舞の頬をさした。その冷たさにより瞼がピクッと動き虚ろげに目を開いた。
「…あ、れ?あたし…眠ちゃったの?」
目を擦りながら周りを見るとツナ達の姿は無く、授業に行ってしまったんだなとわかる。だが、1人だげ舞のすぐ横で寝息を立てている人物がいた。
「………獄寺?」
未だ視界がぼやけているため、獄寺の顔に近づき彼の姿を見る。いつもはこの眉が殆ど釣りあがっているため寝ている無防備な表情が珍しくまじまじと眺めていた。
「(…いつもこんな顔してればいいのに)」
舞は何故か吸い込まれるように獄寺の白い頬に手を添えた。するとピクリと獄寺の瞼が動き小さな呻き声を漏らした。
「…んっ、」
「(わぁ。なんか……可愛い)」
母性本能であろうか。いつもツンケンばかりしている獄寺が今、可愛く見えてしょうがない。舞は思わず口元に弧を描いた。もっとつついたらどうなるかな、と完全な遊び心でもう片方の手も獄寺の頬に添えようとする。するといきなり獄寺の目がパチっと開いた。
「あ」
舞の素っ頓狂な声が漏れる。ただ、獄寺は寝起きで状況が理解できないのか動こうとしない。獄寺と舞の翡翠色の瞳が交じり合う。まるで鏡を見ているようだ、と舞は感じ頬を緩ませた。そして一瞬で獄寺の白い肌が真っ赤に染まった。
「な、な、…」
「(あ、混乱してる…)」
「はあああぁぁ」
獄寺は舞から離れるように一気に後ずさった。そんな獄寺の様子が可笑しくて舞はクスクスと声を漏らした。
「な、なんで、テメェが!!?」
「あたしだって起きたら隣に獄寺がいて吃驚したんだからっ!」
「そ、それはテメェがこんなとこで寝るからだろうが!!」
「え。あたしが寝てたから残ったの?珍っしい!最初の頃なんて、あたしを置き去りにしたのに」
「自惚れんじゃねぇ!10代目が困っていらっしゃったからだ!チビ女!」
わかってるって…と舞は、にししっとあまりつっかからずに立ち上がりスカートの埃をパンパンとはたいた。獄寺は不服そうに舞を見るが何故か今日は彼女の顔を見ると怒る気にはなれなかった。それは脳裏に昨日ことが焼き付いているからであって。
「なあ」
「んー?」
「なんで昨日泣いてた?」
やはり聞かずにはいられなかった。思い切ってそれを口にすると舞の顔が一瞬、硬直したのがわかった。だが、すぐにいつものヘラヘラとした笑顔に戻った。
「えー。あたしが泣くわけないよ。獄寺の見間違いじゃない?」
「嘘つくんじゃねぇ。昨日の夜、公園で泣いてただろーが」
ピュウと肌寒い風が2人を打ち付け、髪を靡かせる。獄寺は舞から目を逸らそうとしなかったし、舞は目を合わせていたもののどこか獄寺ではない所を見ているような気がした。
「きっとゴミが目に入ってそう見えたんだよ」
「んなわけあるか」
「じゃあ人違いだよ」
「オメェふざけてんのか!!?俺は真剣に聞いてんだよ!!」
あまりに苦しい言い訳。思わず獄寺が声をあげる。これなら誰が聞いても嘘だとわかるであろう。だが嘘だとバレバレであるにもかかわらずそれでも嘘を突き通そうとする舞の意図が獄寺にはわからなかった。
「だって、あたしは泣いてないもん。それなのに泣いたなんて言えない」
「………」
「今のあたしは悲しんでるように見えないでしょ?」
「………そうかよ」
そう最後に諦めたように呟くと獄寺は屋上から去った。これ以上、問い詰めても彼女は何も言おうとしないのが理解できたから。獄寺は階段を下りながら舌打ちをした。
「(あのチビ女…二度と心配なんてしねぇ)」
1人屋上に取り残された舞の足はガクガクと震えていて力が抜けたように座り込んだ。
「(大丈夫。あたしは大丈夫)」
泣いていたことを誰にも気づかれたくはなかった。嘘だとバレていても理由を話したくなかった。自分がいかに滑稽な存在かを知られてしまうこととなるから。必死に自分を宥めキッと唇を結び空を見上げる。
「(上を向いてさせいれば涙は溢れない)」
それが舞が空を見上げる理由であった。悲しいことや辛いことがあれば空を見上げる。この壮大な空を見つめていれば心が落ち着くような気がするのだ。舞の心はまるで暗闇に包まれている夜空のようであった。だからこそ色々な表情を見せる大空に憧れを抱き、自分の荒んだ心に光を差し込んでくれる期待も胸に宿していた。
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星が夜空で点々とそれぞれの輝きを放つその下、獄寺は夕食を買うためにコンビニへと足を運ぶ最中であった。彼は1人暮らしであるが料理は一切ダメでほとんどの食事を外食で済ませることが多かった。
「(…たくっ。今日は跳ね馬のせいで無駄に疲れたぜ)」
今日は朝から桃巨会というヤクザとの闘いを交えていた獄寺はいつも以上に夕食の買い物が億劫なものであった。タバコを咥えながら、歩む足を速める。するとよく知る人物が獄寺の視線に留まった。
「(……あれは、、チビ女?)」
獄寺の視線の先には公園で1人、ブランコに乗って空を見上げている舞がいた。こんな時間に何をやっているんだか。目に入ったものの別に話しかける理由もないため獄寺は公園の横を通り過ぎようとした。が、最後にチラリと彼女を見た途端に獄寺は前に出す足を止めた。否、意図的ではなく勝手に体が止まったのだ。
「(……なんであいつ…泣いてんだ?)」
獄寺は何故か舞から目が離せなかった。辺りは真っ暗で舞の顔を照らすのは公園の中にある電灯と月と幾つも輝く星達のみ。だが舞が泣いていることだけは、はっきりとわかった。目から流れる雫はまるで星屑のようにキラキラと輝き舞の頬を濡らせていた。
「(チっ。あいつが泣こうと俺には関係ねぇ)」
そう思い獄寺は再び歩みを進めるが頭から彼女の泣き顔が離れなかった。舞が泣いている姿はシャマルと再会した時に見たことがあった。だが、あれは半ば冗談の様なもの。前回の舞との表情とは明らかに違った。
「(あいつなんていつもバカみてぇに笑ってやがるのに…)」
いつも10代目であるツナに纏わりつきヘラヘラと笑っている。それが獄寺が舞に対する印象であった。それがどうだろう。先程の舞は星空を眺めながら憂いを帯びた瞳でポロポロと涙を流していた。あんな表情今まで見たことがなかった。だからこそ、驚きつい足を止めてしまったんだ。獄寺は自分にそう言い聞かせながらタバコを奥歯でギリっと噛んだ。本当は舞の泣き顔に魅入ってしまったことを隠して。
「おはよーっ!皆!」
ツナ達3人が屋上でお昼を食べていると明るい声で笑顔を振りまく舞が姿を見せた。いつもは気にも留めない獄寺だが今日ばかりは横目でチラリと舞を見つめた。
「おはようって…今、お昼なんだけど」
「随分と遅かったな」
ツナと山本が遅い登校の理由を問うと舞は「もー聞いてよっ」と顔を軽く顰めて3人の輪に腰を下ろした。
「今日、寝坊しちゃって遅刻したんだけどね。そしたら雲雀先輩に見つかっちゃって…今の今までずっと勝負で解放してくれなかったの!」
「それは悲劇だーー」
「あはは。流石ヒバリだな」
本当に疲れたーっ。あの戦闘マニアめ。と喚きながら舞は両手を組んで伸びをした後にバタンと後ろへ倒れ、疲れを癒すようにゆっくりと瞳を閉じた。すると、すぐに舞から寝息が漏れた。
「相当疲れたみたいだね」
「ケ。こいつの体力が無さ過ぎなんスよ。それに俺だったら一瞬で雲雀の奴なんか片付けられます」
舞の寝顔を見てそれぞれが口々に言う。そして山本が「まぁ、良かったじゃねーか。獄寺」とニカッと歯を見せる笑みで獄寺に話しかける。獄寺は山本の唐突な言葉に顔をしかめた。
「あ"?」
「何が良かったの?山本…」
「だってよツナ。こいつ、朝からずっとソワソワしてたんだぜ。それって舞がいなかったからだろ?」
「な!冗談もほどほどにしやがれ!野球馬鹿!!俺がいつソワソワしてたっていうんだよ!!?」
獄寺はキレかかり山本の胸ぐらを掴んでギロっと睨みつけた。だが山本はハハハと笑って、「おー。怖」と言うだけであった。獄寺は自分でも自覚がある分、山本に指摘されるのには苛立ちが格段に募った。
「お、俺も今日の獄寺君。なんか落ち着きないなって………」
「なっ!10代目まで!!」
獄寺はボスであるツナから言われ、思わず山本の胸ぐらを掴んでいた手を離した。そしてものすごい舞に対する怒りの感情が沸いた。10代目は兎も角、山本までに言われるのは我慢ならなかった。
「(これも全部、あのチビ女のせいだ。後でぜってー果たす!!)」
寝ている舞をキッと睨みながら獄寺は舞を果たすことを心の中で宣言するのであった。
いきなり冷たい風がピュウと舞の頬をさした。その冷たさにより瞼がピクッと動き虚ろげに目を開いた。
「…あ、れ?あたし…眠ちゃったの?」
目を擦りながら周りを見るとツナ達の姿は無く、授業に行ってしまったんだなとわかる。だが、1人だげ舞のすぐ横で寝息を立てている人物がいた。
「………獄寺?」
未だ視界がぼやけているため、獄寺の顔に近づき彼の姿を見る。いつもはこの眉が殆ど釣りあがっているため寝ている無防備な表情が珍しくまじまじと眺めていた。
「(…いつもこんな顔してればいいのに)」
舞は何故か吸い込まれるように獄寺の白い頬に手を添えた。するとピクリと獄寺の瞼が動き小さな呻き声を漏らした。
「…んっ、」
「(わぁ。なんか……可愛い)」
母性本能であろうか。いつもツンケンばかりしている獄寺が今、可愛く見えてしょうがない。舞は思わず口元に弧を描いた。もっとつついたらどうなるかな、と完全な遊び心でもう片方の手も獄寺の頬に添えようとする。するといきなり獄寺の目がパチっと開いた。
「あ」
舞の素っ頓狂な声が漏れる。ただ、獄寺は寝起きで状況が理解できないのか動こうとしない。獄寺と舞の翡翠色の瞳が交じり合う。まるで鏡を見ているようだ、と舞は感じ頬を緩ませた。そして一瞬で獄寺の白い肌が真っ赤に染まった。
「な、な、…」
「(あ、混乱してる…)」
「はあああぁぁ」
獄寺は舞から離れるように一気に後ずさった。そんな獄寺の様子が可笑しくて舞はクスクスと声を漏らした。
「な、なんで、テメェが!!?」
「あたしだって起きたら隣に獄寺がいて吃驚したんだからっ!」
「そ、それはテメェがこんなとこで寝るからだろうが!!」
「え。あたしが寝てたから残ったの?珍っしい!最初の頃なんて、あたしを置き去りにしたのに」
「自惚れんじゃねぇ!10代目が困っていらっしゃったからだ!チビ女!」
わかってるって…と舞は、にししっとあまりつっかからずに立ち上がりスカートの埃をパンパンとはたいた。獄寺は不服そうに舞を見るが何故か今日は彼女の顔を見ると怒る気にはなれなかった。それは脳裏に昨日ことが焼き付いているからであって。
「なあ」
「んー?」
「なんで昨日泣いてた?」
やはり聞かずにはいられなかった。思い切ってそれを口にすると舞の顔が一瞬、硬直したのがわかった。だが、すぐにいつものヘラヘラとした笑顔に戻った。
「えー。あたしが泣くわけないよ。獄寺の見間違いじゃない?」
「嘘つくんじゃねぇ。昨日の夜、公園で泣いてただろーが」
ピュウと肌寒い風が2人を打ち付け、髪を靡かせる。獄寺は舞から目を逸らそうとしなかったし、舞は目を合わせていたもののどこか獄寺ではない所を見ているような気がした。
「きっとゴミが目に入ってそう見えたんだよ」
「んなわけあるか」
「じゃあ人違いだよ」
「オメェふざけてんのか!!?俺は真剣に聞いてんだよ!!」
あまりに苦しい言い訳。思わず獄寺が声をあげる。これなら誰が聞いても嘘だとわかるであろう。だが嘘だとバレバレであるにもかかわらずそれでも嘘を突き通そうとする舞の意図が獄寺にはわからなかった。
「だって、あたしは泣いてないもん。それなのに泣いたなんて言えない」
「………」
「今のあたしは悲しんでるように見えないでしょ?」
「………そうかよ」
そう最後に諦めたように呟くと獄寺は屋上から去った。これ以上、問い詰めても彼女は何も言おうとしないのが理解できたから。獄寺は階段を下りながら舌打ちをした。
「(あのチビ女…二度と心配なんてしねぇ)」
1人屋上に取り残された舞の足はガクガクと震えていて力が抜けたように座り込んだ。
「(大丈夫。あたしは大丈夫)」
泣いていたことを誰にも気づかれたくはなかった。嘘だとバレていても理由を話したくなかった。自分がいかに滑稽な存在かを知られてしまうこととなるから。必死に自分を宥めキッと唇を結び空を見上げる。
「(上を向いてさせいれば涙は溢れない)」
それが舞が空を見上げる理由であった。悲しいことや辛いことがあれば空を見上げる。この壮大な空を見つめていれば心が落ち着くような気がするのだ。舞の心はまるで暗闇に包まれている夜空のようであった。だからこそ色々な表情を見せる大空に憧れを抱き、自分の荒んだ心に光を差し込んでくれる期待も胸に宿していた。
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