「(この二人の戦いなんて、凄そうだな)」
屋上でサラサラと髪を靡かせながら、舞は武器を構える二人を見つめる。ディーノとは最近戦ってはいないが舞が勝てないほど強いことは知っている。だが雲雀も本当に中学生か?と思えるくらいに強いのだ。一体どんな戦いが繰り広げられるのだろうか。舞の心臓はドキドキと音を響きかせていた。
「学校の屋上とは懐かしいな。好きな場所だぜ」
「だったらずっとここにいさせてあげるよ。ーー這いつくばらせてね」
最初に動き始めたのは雲雀。左手のトンファーを回転させ走り出し、先ずは右手で一振り。ディーノに向かってヒュンと弧を描いた。だがそれは簡単に避けられてしまう。そして次は顎を狙いトンファーを下から突き上げた。
「その年にしちゃ上出来だぜ」
攻撃を鞭で受け止め、ディーノは余裕気に笑みを溢す。
「何言ってんの?手加減してんだよ」
ディーノが鞭を使う前に一瞬で間を詰め、数度にわたり攻撃を繰り広げる。全て交わしてはいるが目の当たりにする雲雀の強さにディーノは心内で、末恐ろしいガキだな…と吐き捨てた。
「ほーう…」
「雲雀先輩、すご」
戦いを観戦していたロマーリオと舞も雲雀のズバ抜けた戦闘センスに驚きの声を漏らす。
「(コイツの強さはツナのファミリーには絶対に必要。手を出すまいと思っていたが…しょーがねーな)」
今まで避けることしかしていなかったディーノが今度はしなやかに鞭を振るう。しかし雲雀はそれを見極め「甘いね」と言って顔を傾けた。
「死になよ」
とどめを刺そうと腕を振り上げて自分の違和感に気づく。さっき避けたディーノの鞭が雲雀の背後のポールに引っかかって折り返し、腕に巻きついていたのだ。
「お前はまだ井の中の蛙だ。こんなレベルで満足してもらっちゃ困る」
「………」
「もっと強くなってもらうぜ、恭弥」
「やだ」
雲雀の言葉にディーノは「なっ、」と声を発する。雲雀は一瞬で鞭を腕から外すと再度、攻撃を開始し己の武器を大きく振るった。それがディーノの頭にガッと嫌な音を立てヒットする。
「てっ、てめーなぁ」
「(直撃を避けた…?)」
「(さて、このじゃじゃ馬。どーやって手懐けようか)」
二人の修行はまだまだ始まったばかり。そんな彼らを影で見て面白そうに口角を上げている者がいた。だがその人物に誰一人として気づくことはなく、風のように颯爽と消えて行くのであった。
「(二人とも…体力底なしだな)」
あれから時間も経っているが、彼らが攻撃を止める素ぶりは一切見られない。底なし沼のような体力に舞は驚くが、同時にこの二人は結構な戦闘狂だな…と思った。
「(あたしも、修行したいな…)」
だが今はある理由によりすることができない。そのことに小さく息を吐き、隣にいるロマーリオに声を掛けた。
「あたし、ちょっと皆の飲み物買ってくる。だから二人の事よろしくね」
「おう。任せな」
ロマーリオの言葉にニッコリと笑うと舞は屋上を後にして近くのコンビニへと向かった。平日の中途半端な時間の所為か、道を歩いている人はほとんどいなかった。ほのかに香る金木犀の香りが秋を助長させ、もうこんな季節か…と感慨深いものを感じ同時に切なくも思えた。
「(…ツナ君達との秋は2度目か、)」
一体、後何回この季節をあの人達と共に巡ることができるのだろうか。歩む足を止め、空を見上げながら舞は憂いを帯びた瞳を揺らした。雲がゆったりとゆったりと流れていく。しかしそれが時間の流れを誇張させた。
「(いや、止めよう)」
そんなことを考えるのは。余計に悲しみの色を濃くするばかりなのだから。今は今のこと"だけ"を考えていけばいい。そう、自分に言い聞かせた。
「姫」
「あ、リオン。って…姫呼びはいいって言ったのに」
「だって姫は姫だからな」
急に現れた男、"リオン"はニコリと笑う。舞も別に驚きはせず彼の言葉に呆れたように息を吐いた。何度言っても彼は舞のことを「姫」としか呼ばないのだ。しかしここまで我を通してくると舞も、もういいかと諦めの気持ちも出てくる。それに…とチラリとリオンの顔を覗いた。
「(あたしを「姫」って呼ぶときのリオン。凄い嬉しそうに笑うんだよね)」
ーーまあいっか。舞はフッと口角を上げて笑みを溢した。それにリオンが「ん?」と首を傾げ、その様子に舞はクスクスと笑って「何でもない」と答えた。
「なんだそれ」
「だから何でもないって」
なんだ、と言いながらリオンが舞に向ける眼差しは優しくて愛おしさが込められていた。
「あ、そうだ」
思い出しかのように声を発するリオンに舞は不思議そうに首を傾げる。「なぁに?」と聞けば彼は太陽の光を受けてキラキラと反射している瑠璃色の髪を揺らして舞の顔を下から覗いた。その表情は先程と違って笑みは消えていて、舞は瞳をキョトンとさせる。
「気に食わねーけどさ。姫の好きな奴」
「へッ!?」
突拍子の無いリオンの言葉。それに舞は目を見開かせ、肩をビクンと跳ねさせた。自分の好きな人。それは間違いなくあの煙草ばかり吸っている銀髪の男だ。彼を頭に思い浮かべ舞は頬を赤らめればリオンは少しだけ不機嫌そうに眉を顰めポツリと呟いた。
「なんか無茶なことしてるぜ。あのままやってたら確実に死ぬ」
「ーーえっ」
リオンの無機質な声が耳の中で木霊する。そして身体中の熱が、一気に冷えていくように感じた。
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