私と彼の、ふたりだけの時間
12/14

水曜日の昼休み。


場所は美術室。


あることを知ってから、私は毎週のルーティンのようにそこへ向かう。


「あ、今日もいた」

お弁当をいつもより早めに食べて美術室へ行けば、彼は今日もいつもの席に座って絵を描いていた。

「やあ。今日も来たね」

彼、もとい立海大附属中学校の元テニス部部長である幸村精市は、毎週水曜日の昼休みに、この美術室で絵を描いているらしい。

私もいつものように彼のふたつ隣の席に座って、彼のキャンバスを眺める。

彼はそんな私を見て、おかしそうに笑った。

「もう絵を描こうとすらしなくなったね」

「ん−…、まあね」

痛いところを突かれて苦く笑う。


私が最初に、彼が毎週この時間に美術室へやって来ていたことを知ったのは2か月前になる。


*  *   *


その時は美術の課題が終わらなくて、でも部活を抜ける時間もないからと昼休みの時間を使って絵を描き上げようと美術室へ行けば、幸村くんは既にそこにいた。

彼は私を知らないだろうけれど、私は彼が誰なのかを知っている。
いや、知らない人なんてこの学校内にいないだろう。

(あー…、人いたんだなぁ。気まずいかも)

1人の方が気楽だったのに。と心の中で不満を言いながら、顔見知りでもないからと挨拶もせずに、美術の時間に配られた画用紙と、教室から持ってきた絵の具と水を準備する。

そうやって物音を立てる私に気づいた彼は、綺麗な笑顔で挨拶をしてくれた。

『やあ。この時間にここへ来る人がいるなんて、珍しいね』

その言葉から、彼がいつもここへやって来ていたのだと知る。

流石に挨拶も無しは失礼だったかなと反省し、彼と遠すぎず近すぎずの席に座って画用紙に色を塗り広げながら言葉を返した。

『1人の時間邪魔しちゃってごめんね。美術の課題が終わりそうになくてさ』

言いながら、この言葉は嫌味だと受け取られていないか、こいつ失礼な奴だなとか思われていないか、内心バクバクだった。

男友達がそんなに多いわけでもないし、思春期だし、相手は学校中の誰もが知る有名人だ。しかもイケメン。

こんなの、緊張しない方がおかしい。


だが、幸村くんは優しく笑ってかぶりを振った。

『美術室は俺のものでもないし、気にしないで』

それより、美術の課題ってどんなの描いてるの?
見てもいい?


彼のその言葉と優しさに、単純な私はコロッと落ちてしまった。


え、幸村くんってこんな優しいの?神じゃん。
まさしく神の子。
遠巻きに見てる女子たちに大声で言いたい。

"いいから物怖じせずに、とりあえず幸村くんと話してみてほしい。"と。


心の中で感激しつつ彼の言葉に頷けば、彼は席を立って私の向かいに座った。

『そういえば、自己紹介まだだったよね。俺は幸村精市。よろしくね』

『私は如月美咲。よろしくね、幸村くん』

お互い自己紹介をした後、彼は私の絵に視線を落として不思議そうに首を傾げた。

『……花の絵?』

『そう。課題自体は、自分の好きな風景を絵にすることなんだけど、屋上庭園にある花壇の風景が、学校内で一番綺麗な場所だと思ってその花を描いてるところ』

授業時間の2時間で描き終わらなかったから、携帯で写真撮ったんだ。
それ見て描いてるの。

下手なものをお見せしてしまって…。と苦笑しながら言えば、幸村くんは何故か嬉しそうに笑った。

『あそこの花、俺が手入れしてるんだ。そう言ってもらえて嬉しいな』

『え、あ、え…!?そうなの!?』

ちょっと恥ずかしいかも。

花を手入れしていたのが、まさかのご本人だったとは。
普通に用務員さんか業者の人が手入れしているものと思ってた。

顔が熱くなるのを感じながらも笑って誤魔化せば、幸村くんが絵についていくつかアドバイスしてくれたから素直に従う。


ここはさ、この色にしたほうが絵も映えるよ。

…え?でも、写真にはこの色の花なんて無いし…。

大丈夫大丈夫。先生も一つひとつの花の色なんて覚えてないし、こういうのって見た目重視なところあるから。

あ、そうなんだ?じゃあ幸村くんを信じてこの色にするね。

うん。ありがとう。


意外にも幸村くんは気さくで、今まで勝手に「怖い人なんだろうなぁ」って思ってたことが恥ずかしくなった。
2人で話しながら作業していたら時間が過ぎるのはあっという間で、予鈴のチャイムで時計を見て、慌てて席を立つ。

『やば…!幸村くん、アドバイスしてくれてありがとう。先生に良い反応もらえたら、1番に幸村くんに報告するね』

道具を片付けながらお礼を言えば、彼はまた綺麗な顔で笑った。

『うん。楽しみにしてるね』



その後に提出した絵は、やたらと先生に良い反応を貰えた。
そのおかげで、美術の成績が今期は上がりそうだ。

『珍しいじゃん。絵に力入れてるの』

先生のコメント付きで戻ってきた絵を友達が見て、物珍しそうに見られた。

『良い人にアドバイス貰ってさ。そのおかげかも』

幸村くんにお礼と、先生に良い反応貰えたよって報告しなきゃ。


*  *  *



その後、友達にさんざん追及されたけどのらりくらりと逃げたんだっけ。
けど、今はもう相手が誰なのか気付かれてそうかもなぁ。


2か月前のことを思い出して小さく笑い、少しずつ完成に向かっている彼の絵を見てぽつりと呟く。

「幸村くんの絵、好きなんだよね」

なんか落ち着くっていうかさ。


そう言葉を落とせば、彼はぴたりと手を止めて私を見た。

「…そんなこと、初めて言われたよ」

嬉しそうに笑う幸村くんに、私も笑う。

「将来、幸村くんが絵の道に進んだらさ、教えてね。ファン第一号として絵を買うからさ」

「あはは、なんだいそれ」

おかしそうに、でも嬉しそうに笑う彼。

その姿を見て、「今日も幸せだなぁ」なんて思っていると目の前に携帯を差し出された。


「じゃあ、将来絵の道に進まなくても連絡はとりたいからさ。連絡先交換しようよ」

あと名前の呼び方、呼び捨てでいいよ。


ニコニコと笑顔の彼と彼が言った内容に驚きながらも、素直にポケットから携帯を出す。

無事に連絡先を交換し、私の携帯画面に「幸村精市」と名前が表示されているのが酷くむずがゆい。

「これからよろしくね、如月」

「…よろしく。幸村」


名字で呼ばれたから名字で返したけど、変じゃなかったかな。大丈夫かな。


なんて、私が変に緊張していることすら知らない彼は、また手元の作業を再開させたらしい。


彼は、このまま立海の高校に進学するのだろうか。
外部の高校へ行くのかな。
中学校を卒業しても、こうやって話してくれるかな。
…好きな女の子は、いるのかな。



今は私が弱虫で聞けないことも、未来の私が直接彼に聞けるといいな。









*   *   *

・幸村への恋心を大切に育てている主人公

偶然水曜日の昼休みに美術室へ行ったら、無事に幸村との出会いイベントを果たした女の子。
この度、無事に連絡先を交換するイベントが発生した。
幸村と出会うまでは、幸村に憧れを抱いている女の子や恋している女の子を見て「倍率エグ過ぎん?」とだけ思ってた。要するに他人事。
しかし本人と実際に話してみて、いやこれは落ちない女の子いないでしょと頭を抱えた。
今は水曜日の昼休みにせっせと美術室に行って幸村と会話を重ねている。
今のところ自分の気持ちを幸村に伝える予定は無し。

「幸村の彼女になる子はさ、小さくて可愛くて、誰にでも愛されるような子でさ。…そんな子が似合うんだよ。私みたいなのじゃなくて」



・意外と気さくな幸村精市

いつも通り水曜日の昼休み、美術室で絵を描いていたら1人の女の子と出会った。
主人公へはほとんど一目惚れに近い。
この度、無事に連絡先を交換することに成功。
自分も美術の授業を受けているから絵の課題内容なんて知っているくせに、知らない振りをして主人公の向かいに座ることに成功。
屋上庭園のお花を褒められて嬉しさが天元突破。
絵についてのアドバイスは会話をする口実なだけ。
なんの下心も無しに、あんなに優しくするような男じゃないよ、俺。
主人公に出会ってから、毎週水曜日の昼休みが楽しみになった。
自分の気持ちを伝えてもいいけど、もう少し仲良くなって成功率が上がってから伝えようと思ってる。

「最近俺が楽しそう?あぁ、気になる子ができたんだ。今はまだいいお友達でいてあげるけど、ほかの人にとられないうちに手に入れないとね」

 

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