ハッピーサマーバレンタイン
9/14

※原作より少し後
※幸村高校1年生




"美咲さん、今週の日曜日あいてる?"


仕事が始まったばかりの月曜日、憂鬱な気持ちを抱えたまま電車に揺られて出勤しているとスマホのロック画面にチャットアプリからの通知が1件入った。

チャットの差出人の名前と内容を見て、思わずにやにやと笑ってしまう。


『幸村精市』


私の彼氏は漢字のまま本名で登録しているから、名前を見ただけで思わずにやけてしまう。
付き合ってもうすぐ2年経つんだし、流石にどうにかしないと(彼氏本人にも)不審者に思われかねない。

けど嬉しいからやめられない。

(・・・へへ、"おはよう"以外で朝から連絡とれるの嬉しいな)

喜びに浸っていると降車駅に着いてしまうため、いそいそとスマホの画面に指を置き、そのままトントンとスライドさせて返事を打ち、数秒と経たずに送り返す。

"あいてる!!!"

そのまま喜んでいるスタンプを続けて一つ送る。
今回のはハートマークを飛ばして喜んでいるウサギだ。

彼は今は高校で、恐らく朝練が終わったばかりなのだろう。
友達と一緒にいるだろうから、次に返事が返ってくるのは授業の合間の休憩時間かお昼休みかだろう。

私も私で、会社の最寄り駅に着いたためスマホの画面を見ることはなく移動を始めた。


そして次にスマホを確認した昼休み、私はひとり休憩室でスマホを天に掲げた。

その画面には、朝の会話の続きで精市からの返信が表示されている。


"よかった。一緒に行きたい場所があるんだ。
山なんだけど、どうかな。
格好は普段通りで大丈夫だから"


どうかな。じゃないよ!!オールオッケーだよ断るわけないじゃん!!!
文章の端々から精市の優しさが垣間見えて泣きそうだよ!!!


「ありがとう、そしてありがとう…。私に仕事を耐え抜く楽しみを与えてくれてありがとう…。さすが神の子」


拝みながらOKの意を返し、お弁当を食べながら何を着て行こうか、お弁当作ろうかなど鼻歌を歌いながらスマホをいじっていた。








そしてデート当日




学生なら1限目が始まる時間に精市が私の家に来て、家を出れば手を繋いで歩き出す。
今から2人でレンタカーを借りにお店に行って、車に乗り込めば出発だ。

…出発、なんだけど。


「……精市?」

「ん?」

「…今日、テニスでもしに行くの?」

精市はなぜか、なぜかテニスバッグを背負っていた。

え、なんで?デートだよね?実は山の中でテニスデートだった…?


混乱しながらも精市を見上げれば、彼はちらりと自身が背負っているテニスバッグを一瞥し、とても綺麗な笑顔で微笑んだ。

「気にしないで。後でわかるから」

うーん、その笑顔に圧を感じるね!わかったよ!美咲ちゃん気にしない!

「わかった。今は聞かないことにしとく」

「ありがとう」


そうそう、山ならピクニック気分を味わいたいと、少し早めに起きて2人分のお弁当も作ってきたんだった。
もちろん、精市が好きな焼き魚も入っている。

「お弁当作って来てくれたんだ?」

言いながら自然にお弁当が入った保冷バッグを奪われ、優しいなぁと目を細める。

「うん。ピクニック気分味わえるかなって」

「嬉しいよ。楽しみだ」

本当に嬉しそうに、頬に少し赤みがさした笑顔を向けられて私もつられて笑顔になる。

「最初の頃みたいに失敗しなくなったから、安心してね」

「失敗しても食べるのに。…っふ、でも、魚が炭になってたのは、今でも笑ってしまうな…っ」

手を繋いでいないほうの手、お弁当の保冷バッグを持っている右手で口元を抑えながら笑いをかみ殺す精市に、恥ずかしくなって腕をぺちりと叩く。

「あ、あんな大きな失敗はあの時だけでしょ!他はちゃんとうまく焼けてるもんっ」

「うん、そうだね。美咲さんの作った料理美味しいから、俺好きだよ」

綺麗な顔で微笑まれて、少し恥ずかしくなって顔を逸らす。

「…そ、それは、良かった。です」


私の彼氏の顔が整い過ぎてやばい(語彙力)


未だに照れちゃうなぁ、と深呼吸して落ち着けばちょうどお店に着いたため、車を借りる手続きを進めていく。
そうして無事に車へ乗り込めば、精市がカーナビに目的地を入力して出発する。

道中、精市がBluetoothでスマホと車のサウンドをつなぎ、彼が流した音楽が車内に流れる。

「…精市、意外と流行りの歌とかK-POPとか好きだよね。ていうか、音楽聞いてるイメージ最初なかったかも」

そう。
意外なことに、精市は流行りの歌を聞く。
更に最初、精市のスマホからK-POPが流れていたのを聞いたときは驚きすぎてかたまった。

そんなこともあったなぁと思い出しながら呟けば、精市はそうだねと頷いた。

「最初から、俺が自分から聞いてるのはほとんどないよ。クラシックとかはいくつか聞くことはあるけどね。こういったジャンルは赤也とかブン太が聞いてたり、妹が観てる音楽番組から流れてるのを聞いてたら、いつの間にか覚えてるパターンが多いかな」

「なるほど。すごく納得した」

めちゃくちゃ納得した。
なるほど、周りの影響か。
でもそういうのって、自分で新しい歌を聞き始めるより覚えるときの方が多いよね。


そうやって他愛もないことを話し続けること40分。
車を走らせて辿り着いたのは、山の中の駐車場だった。
観光に来る人が多いのか、地面はコンクリートで舗装され車ごとの白線も引かれていた。

車を降りて、ぐっと背伸びをひとつ。
精市も同じように背伸びをした後、後部座席のドアを開けて持って行く荷物を手に持ち始めた。
私も持ってきた鞄を手に取って車のドアを施錠すれば、精市と並んで歩き出す。

「ここから10分くらい?かな。少し歩くんだけど、すごく綺麗な場所があるんだ」

「そうなんだ!知らなかった」

へぇ、と思って頷けば、精市は少しだけ眉を下げた。

「実は、俺も行ったことがなくてね。今日の場所は蓮二が教えてくれたんだ」

「あ、そうなんだ。柳くんってなんでも知ってるね。情報通だ」

「ね。おすすめされて俺もびっくりしたよ」

2人で笑い合い、話しながら歩いていれば木が生い茂って薄暗く細い道が続いたが、それも一瞬。
次には眩しい日差しに目がやられ、一度強く目を閉じた。

「まぶしい……」

「あ、じゃあそのまま目閉じてて。ゆっくり手を引くから、ついてきて」

「? わかった」

頷けば右手を引かれ、目を閉じたままゆっくりと前に歩く。
2〜30歩ほど歩けば立ち止まり、もういいよとお許しが出た。

「もういいよ。目を開けて」

ゆっくりね。と付け加えられ、少しずつ目を開ける。

すると、

「わあぁ…!!!」

私の目の前に、一面の向日葵畑が広がっていた。

「すごい…!奥まで向日葵が続いてる…!!」

大空の青色と向日葵の黄色のコントラストが映えて、ここだけ別の世界のようにも感じる。
感動で口をあけてかたまっていると精市に右手をとられ、向日葵畑の中に連れられる。

中に人が入ることも考えられていたのか、向日葵は人が歩けるほどの間隔を開けて均等に植えられていた。

ちょうど中間あたりに着いた頃に精市は立ち止まり、私にひとつの指示を出した。

「ちょっと後ろ向いてて」

「? はーい」

なんだろうと不思議に思いながらも精市に背を向ければ、後ろでテニスバッグのチャックの音とガサガサと紙が擦れる音が響いた。

「うん、もういいよ」

「はーい」

お許しが出たためくるりと精市の方へ向けば、彼は両手に向日葵の花束を抱えていた。


「美咲さん、ハッピーサマーバレンタイン」


そう言って、手に抱えた向日葵の花束を私に差し出してきたため震える手でゆっくりと受け取る。
なんで、とかどうして、とか頭に浮かんでは消えていく。
まだ頭は茫然としていて、まともに動きそうになかった。
けれど、どうして精市がデートにまでテニスバッグを持っていたのかは理解できた。

「……あの、どうしてこれ、」

ハクハクと口から空気が抜けていくなか、ようやく絞り出して出した声は、普段の私からは考えられないほどか細いものだった。

「美咲さん、バレンタインチョコくれただろ。けど、俺は時期的にU-17の合宿だったり大会に出てたりしてホワイトデーに満足のものを渡せなかったから、ずっと気になってたんだ。で、蓮二と妹に相談して、8月14日にバレンタインから半年後のハッピーサマーバレンタインがあるっていうことと、この場所を教えてもらって、どうしても美咲さんと一緒に来て渡したかったんだ」

夏だから、向日葵らしいよ。と笑う精市に、我慢できず涙がこぼれた。
貰った花束を抱きしめて、目の前の大好きな恋人を見上げて笑う。

「ありがとう、精市。すごくすごく嬉しい。大好き」

私の言葉を聞いた精市は、とろりと瞳を甘くさせて頬を少しだけ赤くして微笑んだ。

「俺も大好きだよ、美咲さん。これからもよろしく」

「こちらこそ」



その後、記念に私のスマホで撮った精市とのツーショットをSNSにアップすれば、たくさんのお祝いのコメントを貰うと同時に「その向日葵畑行ってきます!!!」とのコメントをたくさん貰い、それぞれリツイートやいいねが5桁を超えるという、人生で初バズりを体験した。




「ねえ精市、毎年あの向日葵畑行きたい」

「いいね、行こうか。毎年向日葵の花束を準備するよ」




ちなみにその写真は現像して、私と精市それぞれの部屋のコルクボードに飾られている。















ハッピーサマーバレンタイン!










*    *    *
・主人公
高校卒業と同時に就職した19歳。
就職と同時に1人暮らしを始めた。
幸村とは2年前から付き合っている。(幸村が病気で精神的に弱くなっていたときは、幸村の負担にならないことを第一に考えて病院に通ったり差し入れしたりしていた)
付き合い始めた当時は、幸村のことが好きな女の子たちからちょっとしたいじめにあっていたが、幸村の主人公への執着ぶりを見て逆に心配されるようになった。
幸村と仲が良いテニス部員とは顔見知り程度。
特に何事もなければ幸村と結婚してもいいなと思っている。


・幸村精市
主人公のことが好きというより最早執着。こわい。
というのも原因があり、付き合い始めた頃に女の子からちょっとしたいじめにあっていた主人公から別れを切り出され、それ以来主人公が自分のもとを離れていくのではないかと恐怖を感じてこまめに連絡している。トラウマ抱えてますねぇ。
主人公への執着ぶりを周りに隠すことなく見せていれば、いつのまにか主人公をいじめる女の子はいなくなっていて内心ラッキーだと思っている。そのまま主人公の周りから消えてしまえ。
けど就職したらしたで、自分とは違う世界に一足早く行ってしまったから少しだけ焦燥感を感じている。
歳の差は埋められないから仕方ないね。
何か面倒事があったとしても全力で退けるから結婚相手は主人公が良いと思っている。

 

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