三千世界の鴉を殺し君と朝寝がしてみたい 00


 この身を焦がすほどに好きになった人がいたとしても、この身が滅びそうなほどに愛した人がいたとしても、何も持ち得ない者には望まないバッドエンドがやってくる。

「ご成婚おめでとうございます」
「ええ、ありがとう」

 わたしは、好きじゃない人と結婚する。花嫁のドレスは愛する人のために着るのだと信じて疑わなかった幼いわたしがこの現実を知ったらどう思うだろう。泣くか、喚くか、仕方がないと諦めるか。
 姿見に映るわたしは婚前の花嫁とは思えないほどに冴えない顔をしているくせに、今にも泣き出しそうだった。

「似合う? シルバー」
「はい」

 その場でくるりと回るとドレスの裾がふわりと揺れ、シルバーは無感動そうな表情を崩さないままに頷いた。もしも──もしも、わたしが王の妹ではなく完全な人間だったなら。わたしはシルバーとの約束を寸分も違わずに果たせていたのだろうか。この左手の薬指にはダイヤの悪趣味な指輪ではなく、控えめでいとおしい光をこぼす指輪をはめていたのだろうか。
 すべては何年も前に描いた夢物語だ。王族に生まれていなければシルバーと出会うことすらなかっただろうに、わたしは叶わぬ高望みばかりを繰り返している。
 少しも似合わない口紅をつけて笑う鏡の中のわたしはどこまでも滑稽で、無駄に飾り立てられた髪とドレスは重苦しくて邪魔だった。鏡に向き直って自身の姿をせせら嗤っても、歪んだ微笑みだけが赤い唇に乗るだけだ。

「……ぁ」

 ふと、鏡に映るシルバーが唇を強く噛んでいることに気づいた。どれだけ手を伸ばしても届きはしない鏡の中で、わたしの目を盗んで泣きそうな顔をするなんて。わたしを連れ去ってくれないのなら、すべて上手に最後まで隠し通してほしかった。そんな願いすらも、独り善がりなわがままになってしまうだろうか?

「シルバー……」

 か細く漏れる震え声はすぐに消え入り、この痛みもわたし自身も一緒に消えてしまえばいいのにと思った。わたしの呟きを拾ったらしい彼は無表情に戻り、一切の感情を殺したような声で機械的に答えた。

「誰よりも、綺麗です」

 シルバーはきっと、その言葉がどれだけ残酷な響きを持っているのかを知らない。ありがとう、と返す言葉を涙で湿らせないようにするのが精一杯で、鏡の中の彼であってもその両目を直視することなんてできなかった。


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