ワールドエンドのその先に 01


 夕焼けの草原、愛すべき我が故郷は砂漠の地がどこまでも続いていた。灼熱の太陽に照らされるたくましいアカシアの木やまばらに生えている草々は力強い大地の営みを感じさせ、この土地を包む太陽は互恵的でありながらも時に牙をむく。
 父なる太陽と母なる大地に育まれたこの国はかねてよりキングスカラー家により統治され、我らが獣人族に栄華と富とをもたらしてきた。古くから王族家に仕えてきた我が家は他の貴族よりも多大な恩恵を受け、現在は他国や同盟国との貿易においての代表者筆頭を務めている。
 長女として生まれた私の責務は、地位のある家の男性と婚姻関係を結ぶこと。恋愛結婚が主流になってきているこの世の中、利益のための結婚は時代に逆行していて古臭いとも思われてしまうかもしれないけれど、一族に生まれ落ちた娘の未来など生まれた瞬間に決まりきっている。わたしだけがしっぽを巻いて逃げるわけにはいかない。
 我が家と同じように王族家と近しい貴族の妻になれたら安泰だ、と宣っていた祖父が病床に伏せた頃だっただろうか。時の王──先王からひとつの打診があった。

 次男、第二王子レオナの許嫁にならないか、と。

 たかだか臣下の血統に過ぎない我が家にとっては、まさに寝耳に水の出来事だったらしい。お父様は脂汗をかきながら「僭越ながら、陛下。我が娘は思慮深くご聡明でいらっしゃるレオナ殿下の伴侶になれるほどの器ではございません」と深々と頭を下げて謝り、母も謝り、祖母は椅子から飛び上がったせいでぎっくり腰になったのだとか。しかし、そんな謙虚な態度を殊更気に入ってしまったらしい変わり者の先王は高らかに笑い声をあげ、こうおっしゃったそうだ。

「よいよい! 気難しい息子だが、よろしく頼む」

 ちなみに、齢五つの子どもだった当時のわたしは王子との婚姻がなにを意味するのか分からずにきょとんとしていた。かくして、第二王子のレオナ様の許嫁となったわたしは度々宮廷に出向くこととなり、八つになる頃にレオナ様との謁見が許された。

「お初目にかかります、殿下。わたしは──」
「うるさい。めんどうな仲よしこよしはしない」

 自室でくつろいでいた彼は、わたしを一瞥すると面倒くさそうに顔をしかめ、古代呪文学の分厚い教本をふかふかのベッドに放り投げた。ぼふりと音を立ててシーツの中に沈んでいくそれは鈍器のように重たそうだ。父の書斎で魔法書をほんの少しだけ読んだことがあるけれど、そういった類の本は数百ページに渡って小難しい文字が踊り狂っている。開いただけでうんざりした記憶しかない。絵本を読むかのようにすらすらと読めてしまう少年がこの世にいるなんて思ってもいなかった。王子にして才覚にあふれているとは恐れ入る。

「独り言が大きいな、おまえ」

 ベッドに横たわったままぽつりと呟いたレオナ様は丸い褐色の頬を赤くして、少し恥ずかしそうに目を逸らした。どうやら、考えていたことが筒抜けだったらしい。

「あなた様はどんな魔法をお使いになられるのですか?」
「……まだ使えない」
「わたしはまったくの才能ナシだと言われてしまうのですが、殿下には才能がおありなのですね」
「おまえ、魔力ないのか」
「はい。笑えてくるくらいないそうです」
「……フン。ざこか」
「殿下でもそのようなお言葉をお使いに……」
「聞かなかったことにしろ。家の者に知られたら怒られる」

 こんなに横暴でも怒られたくないという気持ちはあるのか。なんだかかわいらしくて笑うと、ムッとした顔の彼はベッドから飛び起きた。

「勘違いするな、めんどうなだけだ!」
「はい」
「笑うな」

 笑っておりませんよと言うと、彼は不機嫌面のまま豪奢な椅子に腰かけ背もたれに頬杖をついた。じっとりとわたしを疑うような、ちょっとだけ居心地の悪い視線が突き刺さる。

「おまえ、名前は」
「先ほど殿下がお聞きにならなかったではないですか」
「……うるさい。さっさと名乗れ」
「では今度は聞いてくださいますか?」
「ああ聞く、聞くからその顔を今すぐやめろ」

 ぶすくれるレオナ様に名を告げれば、彼は何回か瞬きをして、口の中で転がすように一、二回だけわたしの名前を呼んだ。一国の王子様に呼ばれるなんてなんだか緊張してしまう。

「殿下は……」
「レオナでいい」
「レオナ様は」
「レオナだ」
「レオナはお好きな食べ物はありますか?」
「敬語もいらない」
「王子のお名前を呼び捨てにすることも本来なら赦されることではありません。わたしにできるのはここまでです」
「……この国はお堅いやつらばかりだな」

 やれやれ、と肩を竦めたレオナ様……レオナには申し訳ないけれど、公の場では今まで通りに呼ばせてもらおう。貴族の娘が無作法者だと思われれば一番の被害をこうむるのは父と母だから、わたしが好き放題するわけにもいかない。

「それで、お好きな食べ物はありますか?」

 もう一度同じ質問をすると、彼は渋々といった様子で口を開いた。

「…………肉」
「ああ、確かにお好きそうですね」
「野菜なんて草食動物が食べるものだろ」
「そんなに不思議そうな顔でおっしゃられましても……」

 わたしの未来の旦那様は、随分とまあ絵に描いたような肉食獣のようなお方らしい。


  ◇


 人生とはなにが起こるか分からないもので、レオナはどんどん不良になっていった。誰がなにを言っても「知らねぇ」「うぜぇ」「めんどくせぇ」しか口にしない彼は思春期真っ只中の少年でしかない。

「レオナ、魔法をお見せください」
「……」
「ね、どうかお願いします!」
「お前、また俺にドライフルーツ作らせる気か。よりにもよってなんであんな不味いモンを……」
「いいえ違います、今回はビーフジャーキーを作りたいです」
「俺の魔法でンなの作りたがるのはお前だけだ」
「本当はもっとこう、大々的にパーッとしてほしいんですけどね……」
「大地をも干上がらせる魔法だぞ。使ったら兄貴たちになに言われるかたまったもんじゃない」
「父なる太陽と同じ力をお持ちということでしょう? 素晴らしいではありませんか。……確かに使いすぎはよくないかもしれませんが」

 魔法は薬と同じ。用法用量を守れば問題ない。
 そういえば、都市伝説やどこかの神話などを寄せ集めた本の中に、一柱の神による世界創生に関する記述があった。

「異世界にはこんな逸話があるんですよ。堕落した人々に憤慨した神は世界を一掃するために洪水を起こし、世界を水浸しにして生きとし生けるものを殺したそうです。生きていたのは番の動物たちだけで、方舟? というものに乗っていて無事だったんだとか」
「はっ、とんだカミサマだな」
「でもレオナがいればそんなことが起きても全然怖くないでしょう? あなたの魔法が民を救うんです! ほら、凄いことではないですか?」
「……大洪水が起きたらブロット大量発生で確実に闇堕ちする。俺一人の魔法でどうにかなるわけがねぇ。そもそも、その洪水が起こるとも限らないだろ」

 お前は馬鹿げてる、と呟いた彼のしっぽがゆっくり揺れていた。ああ、わたしの許嫁はちっとも素直じゃない。

「確かにレオナがいなくなっては困りますね」
「なに笑ってやがる」
「いいえ、別に? そろそろ一緒にビーフジャーキー作りましょう!」
「……今回だけだぞ。次はねぇ」

 そんなことを言って、次もわたしに付き合ってくれるに違いなかった。


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