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政治のことも、施療院の運営の仕組みも詳しくは知らない。しかし、せっかく教会と貴族と民の力が合わさるのだ。もっともっとたくさんの人の手を借りよう。
つたない言葉で一生懸命に語るクレスツェンツの突飛な提案にふたりはとても驚いていたが、やがてアヒムが笑ってくれた。
『あなたらしい発想です、本当に』
何がそんなに気に入ったのかと怪訝に思ってしまうほどアヒムは嬉しそうで、じき我に返ったオーラフもすかさずクレスツェンツの手を取った。ぜひ手伝わせて欲しい、と。
手伝ってもらわねばならないのはクレスツェンツのほうだった。何せ施療院の雑務は手伝ってきたが、帳簿の事情は知らないし、医官や町医者とはどういう協力体制を組むのかも知らない。初めからすべてを教えてもらわなくてはならないのだ。
しかし最初に目指すべきところは分かっていた。
財源。
施療院が教会から離れたとき、無償で医療を提供しつつ進歩していくための資金の調達先を確保することだ。まだおぼろげな想像しか出来ないが、皆で少しずつのお金を持ち寄る約束事を作りたいと思う。
そのために政治の世界に踏み込む。王族として。王の妻として。
自分の人生の中で、ひとつの時代が終わろうとしていた。自由に、お転婆に、見たいものを見てきたクレスツェンツの少女時代が終わるのだ。
屋敷の窓辺からは見られないものをたくさん見た。多くの人の死を送り、産まれた命に触れ、薬を包んで、一緒に食事をして――王妃になれば、今までとまったく同じように彼らの隣に寄り添うことは出来なくなるだろう。
けれどここで見たものは忘れない。ここで見たものを守り、もっと多くの人々に優しさを分け与えるために玉座の隣へ登る。
王と並び、この国の『主君』となってしまうクレスツェンツだが、「変わらずには無理でも、ここに来ればいい」と言ってくれたアヒムがいるから、少しだけ施療院を留守にすることも怖くはなかった。
ただ、次に会うときは、今日までとまったく同じ友人関係ではいられなくなっているだろう。たとえそうであっても、胸を張って笑えるように、
「では、またな」
無邪気に知った恋に別れを告げて、クレスツェンツは施療院をあとにした。
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