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さてそこで持ち上がる次の問題は、こちらから招いた町医者たちには現在なんの報酬も支払えていないということだった。
彼らが施療院の治療を手伝うことで発生する利益は今のところ「勉強になる」ことだけで、医療をたずきとしている彼らから本来の仕事と収入を奪っているようではいけない。
医官や学生たちが派遣されてくるようになったら、町医者たちにも報酬を支払い、本格的に彼らを施療院の活動に組み入れていくべきだろう。幸い、当面の財源には王からの多額の寄付金が充てられる、とオーラフは言っていた。
王は、そこまで考えてあの金を送ってきたのではないだろうか。
一連の出来事について王への礼状をしたためつつ、クレスツェンツは思った。きっと、そうだ。
だとしたら、三時間足らずの視察でそれだけの展望を掴んだのだから、さすが、あの方はこの国の主だ。
クレスツェンツの生家も含めた有力貴族に絶妙な力加減の首輪をつけ、政治の主導権を玉座に奪い返し、干戈に頼らぬ国防政策で、シヴィロ王国にこれまでにない豊かさをもたらしている王。この王に愛された、この時代の民は幸福だなと思う。
そして王は、民にさらなる幸福を与えるための手段として施療院に目をつけた。
視察の日。恐らく彼はナタリエとオーラフの提案を受けるかどうか、すぐに決めたのだろう。彼は自身が頂点に立つ組織のことをよく分かっていたのだから。
『医官は、王族と官吏、そして行政機能の維持に必要な人員のために存在する。庶民に医療を施すことは、彼らの職務ではない』
そして施療院と手を結ぶことは、これまで国が担えなかった医療の分野へ手を着ける好機だ。
母体はある。そして、ほかならぬその組織の中に何か≠ェ生まれつつある。王が少し後押しするだけで何か≠ヘ歩き出す。彼は実際に施療院を視察したことでその気配をじかに感じたのだ。
当面の活動に必要な王の命令と資金は手に入った。では、そのあとはどうする?
王が置いていったこの課題の先を考えるのが、クレスツェンツの仕事となりそうだ。
人の善意や熱意だけに頼らない仕組み≠――教会と、貴族と、民の力が入り交じったこの施療院の運用を保障するものを用意する。なかなか王妃らしい仕事ではないか。
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