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 王の行幸を無事に迎え終えたのも束の間、施療院は再び騒然となった。王の名義で、オーラフも真っ青になるほど巨額の寄付金が施療院に送られてきたのだ。
 金貨が詰まった青い絹の袋が山積みされている風景も圧巻だったが、残りの金貨の支払いを約束する黄金板の手形が並ぶ様子に、皆は喜びを通り越して戸惑うしかなかった。
「支院がもうひとつ建てられる額です……」
 寄付金を届けた王の侍従を送り返してから、しばらく呆然としていたオーラフはようやく魂の端っこを取り戻したような声で言った。
「よかったではありませんか。建ててしまえば」
「建てません。その後の運営計画が何もありませんし……いえ、そうじゃなくて、まさか手切れ金ではありませんよね……?」
「て、手切れ金!?」
 ようやくクレスツェンツはオーラフが青ざめている理由を察した。金をやるので交流の件はなし。そちらで好きに活動してくれ、ということだろうか。
 いやいやしかし、先日の王の表情は施療院に一定の評価を下したように見えて――ああ、見えていただけか! そういえばクレスツェンツも明確な答えはもらい損ねた。まさかこんな結末になるなんて。
 しかし若い二人の嘆きは早とちりもいいところだった。
 さらに数日後。大学院の薬学科と医学科から、施療院へ医官と学生を派遣する体制を整えよ、という王命が発表されたのである。
 その目的は、ひとつに『王家の学院で培った医薬の知識を民のために用いること』であり、ふたつに『実践の場を増やすことで技術を研くこと』、三つめは『学院外にある知識に触れ、いっそうの研究を進めること』だった。
 王は、王の権限で可能な限りの解放≠行ってくれた。あくまで学院に蓄えられる知識を増やすためという名目が主であるが、クレスツェンツらが望んだ以上の結果といえよう。
 そしてこの王命に付随する幸運がひとつ。医官は国庫から報酬を受け取っているし、学生は修業の一環として治療に携わる。
 つまりはありがたいことに、施療院側の負担は限りなく無に近い状態で、人手だけが増える見込みとなったのだ。

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